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■ 1月8日 ■
 深々と。
 雪が降る。
 空を埋め尽くす天使と、地上を埋め尽くす死体と、世界を穿つ無数の白い柱。
 終局の世界から押し寄せる、終わりの軌跡。
 無数に築かれた虚無は病院の窓硝子から見える光景の大半を埋め尽くし、白く塗り潰していた。まるでこれから白いカンバスに新たな世界の図が描かれるとでもいうように、どこまでも純白で──どこまでも、汚れなく。
 終わりは、誰の目にも明らかな形でこの世界を飲み込もうとしている。

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テーマ : 自作恋愛連載小説
ジャンル : 小説・文学

■ 1月7日 ■
「……おはよう、拓さん」

 ──こんな世界にも、救いはあったのだ。

「た、拓さん……?」
「えっと……苦しい、よ……?」
「……美雪」
「は、恥ずかしいよ、拓さん……」
「……ごめん」
「……拓さん?」
「……ごめんな──美雪」
「……泣いてるの?」
 病室に響く嗚咽だけが、確かな救いの福音。
 慈悲も寛容もなく、閉ざされていく世界に残された、確かに救いの跡。

 明日。
 世界が滅びる。

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■ 1月6日 ■
 少しずつ──痛みが引いてきている。
 起き上がってすぐに、シーツを一枚被っただけの格好で床に寝ている拓也の姿が目に入った。
 ──拓さん。
 誰もいなくなってしまった廃病院。
 そこに美雪を連れてきた拓也は、ずっと寝ずの看病をしてくれた。慣れない手つきで包帯を巻き、薬を塗って、浮いた汗を拭く。薬液がなくなれば袋を差し替え、少しでも痛そうな素振りを見せると痛み止めの薬を持ってきてくれた。明らかに拓也自身疲弊しているにも関わらず、怖いぐらいずっと一緒にいてくれた──側で、見守ってくれていた。
 ずっとずっと。
 ずっと──守ってくれていた。

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■ 1月5日 ■
 はっきりと――足音が聞こえた。
 そんな気がする。
 もう、何もかも終わってしまう。
 それが悲しいことなのかどうか、拓也には判断が付かなくなっていた。
 情報は磨耗する。
 現実ではいつもそうだ──情報は必ず磨耗し、忘れ去られていく。
 そうならなかったものだけが過去として蓄積され、余計な記憶として刻み込まれる。
 悲しみも──苦しみも。
 磨耗して擦り切れたはずなのに、涙が止まらない。
 過去の蓄積など、何の役にも立ちはしない。
「美雪……」
 傷ついて、辛そうに唇を噛み締める少女の痛みを、どうして自分は救ってやれないのだろうか。
 こんなに悲しい世界の中で、恋する気持ちだけは綺麗だと信じていたのに。あまりにも綺麗すぎたその気持ちは、耐え難い痛みも一緒に引き連れてきた。
 ただ大切で、守りたくて、それも叶わなくて──あまりの情けなさに、泣くことしかできない。
 今更に思い知る。
 美雪と共に過ごした時間が、本当に楽しかったのだと。
 美雪と共に生きることで、自分は深く救われていたのだと。
 本当に今更だと悔やんでも、時間が戻ることはない。
 いつでも人間はそうだ。
 後になって愚痴をこぼす。
 抱えきれない後悔と共に歩むことしかできない。
 だが、そうだったとしても──わかっていても悲しみは嫌で、苦しかったり痛かったりするのは我慢できなくて。
「……拓さん、いる……?」
 握り締めたその手の冷たさに。
「馬鹿……いなくなるわけ、ないだろ──」
 ──精一杯の強がりしか、残せない。

 世界が滅びるその日まで、あと三日。

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■ 1月4日 ■
 世界は、まるで地獄のようだと思った。
「……美雪、無理して起きるなよ……寝てろ」
 うっすらと目を開けて。
 半身を持ち上げようとする美雪を制止し、拓也は椅子の背もたれに寄りかかったまま呟いた。古びたベッドに寝かせた少女は、腹部を幾重にも包帯で巻かれ、患部にはガーゼが挟んである。寝返りを打とうとしたのか、僅かに顔をしかめたのは、縫った皮膚が突っ張るからだろう。あるいは、左肘の内側に射し込まれた点滴針が痛むのか。何にせよ、予断を許さない状況であることに変わりはない。未だ言葉を発するのも辛そうな美雪に、いいから寝てろ──と再度告げて、拓也は自分自身もまた両眼を固く閉ざした。

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プロフィール

神楽坂司

Author:神楽坂司
世界が終わる。
無慈悲に優しく、無造作に哀しく。
無意味に虚しく、無感動に冷たく。
世界は終わる。
終わりの中で初めて紡がれていく、優しくて哀しい人々の絆。避けられない終局を前にしたとき、彼らの選択はこの世界に何を残していけるのだろうか──?

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