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■ 12月28日 ■
「……拓さん。それ、触ったら駄目だよ?」
 注意されて。
 初めて──拓也は、自分が手を伸ばしていたことに気付いた。
 踏み締める雪は分厚く、一歩踏み出すにも満身の力を込めなければいけない。吹雪で荒廃した世界に、一筋子供の落書きのように描かれた白の線へと指先が触れかけていた。
「年越し、するんでしょ?」
「……ああ」
「最後まで一緒に、いてくれるんでしょ?」
「……当然だろ」
「だったら多分、触らない方がいいよ。指先だけでも……爪の先だけでも。どこか一箇所でもなくなっちゃったら──きっとそのとき、拓さんは拓さんじゃいられなくなると思う」
 ──何となくだけどね。
 腰の後ろで手を組んで。
 肩を左右に揺らしながら、いかにも気軽な口調で美雪が言う。
 言葉の軽さとは裏腹に、瞳の奥は底が見えないほど真摯な色合いに染まっていた。
「……死にたかったわけじゃないんだ」
「うん。それは知ってるよ」
「罪滅ぼしってほど、図々しくもなれない……ただ、もしかしたらこの何にもない真っ白の中に、全部取り返せるものが隠れてるんじゃなかって思ったんだよ。本当だ。嘘じゃない──俺は」
「──わかるよ、拓さん」
 背中から。
 強く、柔らかく抱き締められる。
 伸ばした指先はそのままに、拓也は涙を流して身動きできずにいた。
 背中から伝わる体温が、悪寒と冷気の双方を防いでくれる。褞袍とセーラー服に身を包んだ少女は、どこまでも優しい声でそっと囁きかけてきた。
「わかるよ、拓さん。拓さんは一杯一杯大切なものをなくしてきたから。拓さんのせいじゃないのに、大切なものがどんどんなくなっていったから。だから、そう思っちゃったんだよね。わかるよ──何となくだけど、私にもわかる。馬鹿だけど、頭良くないけど、私はそういうことだけはわかるんだよ──」
 ──ハピネス症候群だからね。
 ──全部幸せに感じるから。
「──だから、幸せだよ。拓さんが、全部忘れて、何にもなかったみたいに振る舞う人じゃなくて、本当によかった。罪悪感に押し潰されそうで、今にもその雪の中に飛び込んでいきそうな人で、本当によかったよ」
「美雪──」
「大丈夫」
 ──大丈夫だよ。
 言葉に込めた力は弱くても。
 二人の間だけなら、必ず伝わると信じて。
 美雪は、震える少年の背中に顔を埋めたまま、不明瞭な発音で話し続ける。
「大丈夫。拓さんは、凄い人だから。格好いいから。私の、大好きな人だから、大丈夫──拓さんなら必ず、世界最後の日まで生きていけるよ」
 指先が──凍りついたように動かなかった筋肉が、次第に解けていき。
 だらりと垂れ下がった腕は、今度は逆にどれだけ力を込めても持ち上がらなかった。
 今すぐ振り向き、美雪を抱き締めてやりたい。
 それすらできないで──どうして、世界最後の日を迎えられるだろうか。
「……美雪」
「大丈夫、拓さん、焦らないでいいんだよ……私はずっと、側にいるから。私はずっと、拓さんと一緒だからね」
 ──ずっとずっと、一緒だからね。
 世界が滅んだとしても。
 一緒にいたいという思いは、残るのだろうか。
 ──せめて、それだけは。
 それだけは残って欲しいと──無数の虚無に穿たれた街で、雪に打たれて。
 拓也は、ただ密やかに涙を飲み込んだ。

 世界が滅びるその日まで、あと十一日。

テーマ : 自作恋愛連載小説
ジャンル : 小説・文学

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プロフィール

神楽坂司

Author:神楽坂司
世界が終わる。
無慈悲に優しく、無造作に哀しく。
無意味に虚しく、無感動に冷たく。
世界は終わる。
終わりの中で初めて紡がれていく、優しくて哀しい人々の絆。避けられない終局を前にしたとき、彼らの選択はこの世界に何を残していけるのだろうか──?

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