「今年、紅白ってやんのかな」
ふと、何の気なしに呟く。
空は相変わらず鈍重な色に塗り潰され、地上との距離が近付いているようにも思えた。何もない、空っぽの空に潰されるような錯覚を味わいながら、遅れる美雪に歩調を合わせてゆっくりと帰路を歩む。
「紅白って……NHK、もう残ってないと思うよ?」
「マジか……終局なんだからさ、せめて紅白ぐらい特番組んで欲しいよな」
「何がせめてなのかわかんないけど……。でも、生き残ってる人は、何かやるみたいだけどね。あの、アイドルの人達……無人島開拓するって言ってた人達。最後は、あの島で過ごすみたいだよ? 誰にも邪魔されないで、メンバーだけで終局を迎えたいんだって」
他愛ない掛け合いを続けながら、深く積もった雪を掻き分けて先へと進む。もう寒さは感じなくなっていたが、代わりによるの暗さが致命的なものとなっていた。青ざめた月明かりだけではいかにも不十分で、いかに自分達が電気の明かりに頼っていたかを思い知らされる。
それでも、所々で蛍光灯が明滅し、景色の一角を瞬間的に照らし出していた。
電気は途切れかけている──ここに至って、電力会社の社員達は緊急に送電線を復旧させ、奇跡的に無事だった発電所を稼働させていた。不安定な供給だが、完全に電力が断たれるよりは遙かにましだ。
──怖くないのか。
人が集まれば、自然に死体や天使も群がってくる。
職員達は、終局について何も考えていないのだろうか──身も知らない誰かに尽くしながら死んでいくことに、まるで恐怖など覚えないものだろうか?
──そんなわけないよな。
そんなわけはない。
何も考えていないはずがない。
何かを考えすぎているはずだった。
押し潰されそうなほどに──心も体も磨り減らして。
それでもきっと、笑顔を絶やすことはなく。
誰もが──生きていく。
これは、そんな世界の物語なのだから。
「……なあ、美雪」
「なあに? 拓さん」
「──怖くないか? もうすぐ死ぬのって」
「んー……それはまあ、怖くないって言ったら嘘になるけどさ──」
──怖くないわけ、ないんだけどさ。
「でも、拓さんがいるからね」
「……俺がいると、少しは怖さも薄れるか?」
「うん。拓さんと一緒に終われるって思うと、少しだけ怖くなくなって、少しだけ誇らしくなるよ。拓さんはどう? 私と一緒にいると、少しは怖いのとか、平気になるかな?」
「……ああ。何せ、前世でかなり悪いことをして出会った仲だしな。相棒みたいなもんだったんだろ、きっと──前世だか何だか、そういうところでさ」
「きっとそうだね。きっとそうだったら、嬉しいね──前世だけじゃなくて、今もまた一緒に終わっていけるんだから」
──終わりに向かって、怖いけれど、泣き出しそうだけれど、それでも笑いながら生きていけるんだから。
「──嬉しくないはずないんだよ、拓さん……怖いけど、怖いのも嬉しいんだよ」
「そっか……そうだな。きっと、おまえの言う通りなんだろうな」
怖いわけはない。
だけどそれでも、誰もが必死に生きていく。
もうじき訪れる、死に向かって。
それはきっと、世界の終局を迎え入れるための、唯一つの正しい方法なのかもしれない。
世界が滅びるその日まで、あと九日。
テーマ : 自作恋愛連載小説
ジャンル : 小説・文学