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■ 1月8日 ■
 深々と。
 雪が降る。
 空を埋め尽くす天使と、地上を埋め尽くす死体と、世界を穿つ無数の白い柱。
 終局の世界から押し寄せる、終わりの軌跡。
 無数に築かれた虚無は病院の窓硝子から見える光景の大半を埋め尽くし、白く塗り潰していた。まるでこれから白いカンバスに新たな世界の図が描かれるとでもいうように、どこまでも純白で──どこまでも、汚れなく。
 終わりは、誰の目にも明らかな形でこの世界を飲み込もうとしている。
「ラーメンできたぞ」
 最後まで取っておいたカップラーメンにお湯を注いで、拓也はのんびりと歩いてくる。
「早く食べようよ~」
 ベッドの上に寝転がって、幸せそうに微笑む美雪。
 終わっていく世界の中で、最後の瞬間まで終わらない二人。
「寝転がってないで、早く起きろ。その格好だと食べられないだろ」
「えへへ……」
「……何だよ」
「こういう場合はね……普通、拓さんが食べさせてくれるんじゃないかな? 映画とか、漫画とかでは、そうしてるよね」
「……何が?」
 怪訝そうな顔で首を捻る拓也に、美雪は何かを期待するような表情で両目を瞑ってみせる。
 少女の意図を察して、拓也は露骨に不服そうな顔付きになった。
「……馬鹿だろ、おまえ」
「馬鹿じゃないよ。ロマンティストだよ」
「いいや馬鹿だ。ていうか、ラーメンだぞ。即席だぞ。そんなんでいいのかよ」
「いいんだよ。こういうのは形じゃなくて、気持ちが大事なんだから」
「……いいこと言った風にどや顔してるけどな、全然決まってないからな」
 渋々とカップラーメンを少しだけ啜って、口に含む。
 そのまま拓也は、そっと美雪に唇を重ねた。
 ──俺は、多分今世界で一番馬鹿みたいなキスをしてるな。
 自覚はある。
 冷静で無意味な自覚に促されて、温くなったラーメンを美雪の舌上に乗せていった。
 時間が際限なく引き延ばされていく感覚と、薄い塩味とを同時に味わいながら、拓也はしばらくの間何かを考えることを放棄した。真面目似考えれば考えるだけ損をする。
 互いに喉を鳴らし、飲み込んで。
 唇を離し、仄かに上気した頬を隠すこともできない。
「こういうのってさ……赤ワインとか、そういうのでやるからお洒落なんだからな? ラーメンって、全然お洒落でもないし、ロマンティストの発想でもないからな」
「でも私、ワイン好きじゃないもん」
「……そういう問題か?」
 呆れたように言って。
 見詰め合い、そして笑い合う。
 窓の外。
 迫り来るのは、逃れようのない終わり。
 街が、都市が、世界が、ゆっくりゆっくりと──柔らかい終局に包まれていく。
「……それじゃ、そろそろか」
「うん」
 また、見詰め合い、そしてどちらともなく頷いてみせた。終わりの瞬間まで生きていられたらこうしようと決めていたことがある──勝手に終わろうとする世界への、せめてもの反抗だった。夜が更けても話し続け、何度も何度も違う話題に脱線しながら、ようやく決めたことだ。
 ──本当に。
 どうでもいいことも、大切なことも──嬉しいことも悲しいことも、面白いこともつまらないことも。
 まだこれだけ話題があったのかと驚くほどに、話は尽きなかった。
 だからなのだろう──今、拓也は自分でも驚くほど恐怖を感じていない。美雪も同様なようで、痛みも引いた今はひどく静謐な微笑みを浮かべるだけだった。
 自分達でも、意外なほど。
 ひどく落ち着いている。
「……拓さんが見てるところでこれ外すの、久し振りだね」
 美雪はビニール袋を脱いで、包帯を外した。
「俺はもう最後の方、どうでもいいって感じだったからなあ。結構おまえにも、これ見せてたよな。普通に」
 拓也は両手から力を抜いて、鉄の渦を溢れ出させた。
 拍子抜けするほど呆気なく、素直に受け入れられる。
 ただ死ぬのではなくて。
 この世界に傷跡を刻んでみせる──虚無に飲み込まれずに、自分達だけの終わりを完成させる。
 終局の世界に沈むのではなく。
 二人の世界を、築き上げる。
「……何か……結構、あれな。緊張するな」
「んん……私は結構、楽しみかも」
「そうだなあ……久し振りだもんな。ちゃんと手を繋ぐのはさ」
「うん。だから、私は凄く楽しみだよ?」
 そっと。
 素肌で触れ合う温もりを、忘れない──忘れられるはずがない。
 この世界が全て白に沈んだとしても、今のこの気持ちだけは残るのだろう。
 拓也と美雪だけが、それを信じていた。
「……意外に痛くないんだな、おまえの」
「拓さんのも痛くないよ? 見た目、凄く痛そうなのに」
「やっぱあれだな。愛の力だな」
「間違いないね」
 冗談を紡いで、笑顔で見詰め合って。
 少しずつ狭まっていく病室の中で、二人は最後の言葉を交わす。
「……ごめんな、ありがとう、美雪。大好きだ」
「……ごめんね、ありがとう、拓さん。大好きだよ」
 白く埋め尽くされていく世界。
 沈み込んでいく。
 ただ──ただ、白く。
 深い深い、終わりの中へ。
 人の気持ちも。
 夢も。
 命も。
 世界も。
 深く深く、沈んでいく。
 世界が、終わっていく。

 そして──

「バイバイ、美雪──また会えるよ、きっと、すぐに」
「バイバイ、拓さん──また会いたくなるよ、必ず、今すぐに」

 ──終局。

テーマ : 自作恋愛連載小説
ジャンル : 小説・文学

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プロフィール

神楽坂司

Author:神楽坂司
世界が終わる。
無慈悲に優しく、無造作に哀しく。
無意味に虚しく、無感動に冷たく。
世界は終わる。
終わりの中で初めて紡がれていく、優しくて哀しい人々の絆。避けられない終局を前にしたとき、彼らの選択はこの世界に何を残していけるのだろうか──?

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