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■ 9月29日 ■
 弾薬は底を尽きかけていた。どれだけ鉛の弾丸を吐き出しても天使達の襲来が止むことはなく、雨粒のように空の遠くから舞い降りてきては、頬を撫でるだけで命を一つ摘んでいく。最初から勝ち目のない戦いだったし、引き分けの目すらありはしなかった。彼らの足を支えているのは義務感でも矜持でもない、自分がまだ人間でいられるという幸せを噛み締めていられるからだった。
 いつになっても原隊への帰投命令は出ない。天使化症候群罹病患者殲滅部隊、通称ASPEC(アスペック)の隊員達は、とうの昔に疲弊しきっていた──精も根も尽き果てて、一瞬でも気を抜けば意識を手放してしまいそうな程度には。
「寒ぃなあ……ああ糞、隊長! もう、ここら辺で粘ってもキリがないっすよお!」
 機関銃を痩せた胸に抱えて、加賀は大声で叫ぶ。
 異常気象への対策として支給された濃緑色のロングコートが、吹きすさぶ寒風に虚しく揺れていた。
「ああ、確かにそうかもな。退くなら今か。あきちゃん、どうするよ。移動するか? 品川の辺りはまだ被害が少ないって噂だが……まあどっちにしろ、殺られるのが遅いか早いかってだけの話だけどよ」
「ぼくに聞かないでくださいよ、そんなの。洋介さんが決めてください」
 同じく、機関銃を抱えたあきちゃんと、隊長──洋介が呑気な応酬を繰り広げる。
 彼らの服は血で汚れ、ところどころに跳ね返った肉片がこびりついていた。
 だが、誰もそれを異常だとは思っていない。血と肉と鉄に塗れた生活が、彼らにとっての日常だった。
 足下に転がるのは、無数の天使達──だったものだ。
 背中に純白の翼を備えた、見たところ十代中盤の少年少女達だった者達の、死体。
 ある者は頭を吹き飛ばされ、
 ある者は胴体を蜂の巣にされ、
 ある者は原形を留めない程に引き裂かれている。
 靴の裏にこびりついた血と肉が、アスファルトを踏みしめるたび奇妙な音で詠った。
「細川。そういやお前、彼女いたんだってなあ」
「なんです、隊長、いきなり……駄目ッスよ、典子はオレの彼女です」
「馬ぁ鹿、くれるっつってもいらねぇって。ほら、俺にはあきちゃんがいるからさ?」
「洋介さん、誤解を招くようなこと言わないでください」
「うぇっ、マジ!? あきちゃん、隊長といい仲なわけ? マジで? うわー、オレ的ショック!」
「星野ォ、お前あきちゃん狙ってたんだよなー」
「狙ってたってーか、弟みたいな感じ?」
「加賀さん、三松さん、星野さん、みんな……洋介さんの言葉に、あっさり騙されないでくださいよ……」
「悲しいこと言うなよぉ、あきちゃん」
 恋する心は、多分とても綺麗で汚い、だからこそ生きていくために必要な感情だ。
 こんな悲劇的な状況の中で、彼らが笑っていられるそのことこそ、恋する心の誇り高さを表す唯一の標しだった。
 機関銃を構え、空を睨む。
 いつもと変わらない鈍色の曇天、ちらつく粉雪、時折舞い落ちては地表に触れると消えていく天使の羽根。
「隊長ッ、再生した天使達がこっち来ましたっ!」
「よーし、お前ら、銃構えた上に撃ち殺せッ」
 羽の生えた少年少女の体に、次々と弾丸が撃ち込まれていく。その内の誰かを庇うように、一人の中年が銃火の中に割り込んできた。
 だけど、
 誰も引き金から手を離さない。
 誰も笑顔を崩さない。
「隊長ッ、天使の父親らしき人物が任務遂行の阻害行動をとっています!」
「どうせもう死んでるんだ、今更気にすんじゃねえよ!」
 それが彼らの日常だから。
 もう誰も、正常と異常の区別なんかできはしない。

 世界が滅びるその日まで、あと百と二日。

テーマ : 自作恋愛連載小説
ジャンル : 小説・文学

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プロフィール

神楽坂司

Author:神楽坂司
世界が終わる。
無慈悲に優しく、無造作に哀しく。
無意味に虚しく、無感動に冷たく。
世界は終わる。
終わりの中で初めて紡がれていく、優しくて哀しい人々の絆。避けられない終局を前にしたとき、彼らの選択はこの世界に何を残していけるのだろうか──?

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