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■ 10月3日 ■
 秋川拓也は、自分が真面目な人間だと思ったことは一度もない。学業成績も悪いわけではなかったが、熱心に授業を聞いた覚えは一度もなかった。真面目に板書をしている振りばかりで、実際にはくだらない落書きばかりしていた気がする──織田信長の頭に角を生やしてみたり、芥川龍之介の口から炎を吐かせてみたり。小学生がやりそうな悪戯は大抵やった。高校生になっても本質の部分が変わらなかったのだから、やはり自分は不真面目なのだろうと冷静に認める。
 窓の外が遙か遠くに感じられた。
 自分の住む家だけが世界から隔絶されている。無数の屋根によって削られた空も、斜めに傾いていく月も、夜だけは嫌味に晴れ渡り星を瞬かせる夜空も、全て自分には無関係なことだ。精々、手の届かないところで好き勝手にやって、いいご身分だとやっかむ程度でしかない。
 怠惰な嫉妬に身を任せ、冷たく白む窓硝子を睨み続ける。
 いつでも夜は同じだった。眠りは浅く、些細な物音で飛び起きる。一度覚醒してしまえば、くだらない妄想が消え去るまで寝付くことはできない。世界の終局はあと百日を切ったが、それが神様の気紛れか何かで、急激に早まる可能性もあった。
 ──可能性か。
 可能性。
 考えればきりがなくなる。
 終局の早まりも、終わらない冬も、降り続ける雪も。夜に吸い込まれていく音も、日々少しずつ減っていく他人との邂逅も。何もかも可能性の話でしかなかった。真実などわからず、思索を巡らせたところで決定的な解答は得られない。
「可能性、可能性……全部そうだよな。終わるのも──終わらないかもしれないのも」
 神様が激怒の炎で地表を焼き払うのかもしれない。
 隕石が無数に降り注ぎ、地上を穴だらけにするのかもしれない。
 大量の妖精が湧いてきて、魔法の杖を一振りして人類を黄色い小熊に変身させてしまうかもしれない。
 或いは──そもそも何もかもが茶番で、あと何日経とうが世界は終わらないのかもしれない。
 あり得ない希望に縋ってしまうことが、つまりは可能性という病気の症状だった。譫妄、幻覚の類でしかない。生きていく役には立たない。
 嘆息し、布団を強く握り締める。
 今同じ夜の下で、友人は何を考えているのだろう?
 天使化症候群という奇病に感染し、いずれ必ず大切な恋人を惨殺してしまうだろう友人は、何を思ってこの夜を乗り越えているのだろう。自分と同じように眠れていないのか、人知れず静かに泣いているのか──それとも、全く気楽に惰眠を貪っているのか。
「……それだって可能性、か」
 視線をゆっくりと隣に滑らせる。
 可能性の話。
 可能性の話だ。
 ハピネス症候群について、わかっていることを頭の中で諳んじる。喜怒哀楽の内、怒りと哀しみの感情が消失してしまう特殊な疾患。だがこの症状については学者によって意見が分かれており、あくまで表出する感情が喜びと楽しみだけに限定されているだけで、内面では怒りも哀しみも感じているのだという説もあった。もしくは、怒りや哀しみすら幸せだと脳が誤認してしまう病気だとも。
 だとしたら──美雪も、怒るのだろうか。
 怒って、怒ったことすら幸せに感じるのだろうか?
「……どっちだ。どっちの可能性に賭けるんだ?」
 問題は拓也が意気地なしだということだった。五分五分の選択に、自分の意志を賭けられない。選べば悩みからは解放されるというのに、いつまでもぐずぐずと選択を先延ばしにして、結局致命的な失敗をしてしまうのだ。
 選べ。
 選べ──選べ、と自分を叱咤する。
「頑張れ、俺……!」
 どうせ可能性の話なのだから。
 怒られたら謝ればいいだけの話だ。
 謝って、許して貰えるぐらいの関係は築いてきたつもりだった。
 だから、今は選択する瞬間なのだと怯える心に言い聞かせる。
「素直に起こすか……写メか!?」
 問題は、美雪の異常な寝相の悪さ。
 彼女がパジャマを着たがらず、いつでも替えのセーラー服を着ているという事実。
 そして、スカートの位置。
 それだ。
 それだけが問題なのだ。
 世界が滅ぼうが人が死のうが知ったことか。
 秋山拓也は──自分が、極めて不真面目な人間であることを自覚しているのだから。

 世界が滅びるその日まで、あと九十八日。

テーマ : 自作恋愛連載小説
ジャンル : 小説・文学

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神楽坂司

Author:神楽坂司
世界が終わる。
無慈悲に優しく、無造作に哀しく。
無意味に虚しく、無感動に冷たく。
世界は終わる。
終わりの中で初めて紡がれていく、優しくて哀しい人々の絆。避けられない終局を前にしたとき、彼らの選択はこの世界に何を残していけるのだろうか──?

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