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■ 10月6日 ■
 終局宣言が発令されてから、一睡もしていない気がする。勿論そんなことはあり得ない──頭の片隅に浮かんで消える痴れ言を認め、拓也はどこまでも白く染め上げられた街並みを見詰めた。気温が下がりきらないせいなのか、或いは別の要因があるのか、どれだけ雪が降ってもうっすらと地表を覆う程度で、深刻な積雪には繋がらなかった。寒さだけは酷いものだったが、厚着すれば我慢できないわけでもない。何もかも中途半端な冬の監獄に閉じ込められ、世界全体が色を失っていくように見えた。
 友人と待ち合わせたのは、特に意味があってのことではなかった。拓也は相手が来るとは思っていなかったし、相手も拓也が現れるとは思っていなかっただろう。だからこそ二人は今この公園で再び顔を突き合わせ、白雪を纏うブランコの前に所在なく立ち尽くしている。
 言うべき言葉があるのだろう。友人──知之は何処かばつの悪そうな表情で、しきりに髪を掻いては口を開閉させている。喉から空気が漏れるばかりで、まともに喋れる気配はない。沈黙するでもなく、かといってまともに話せるわけでもない相手をいつまでも待つ義理を感じず、拓也は何度か帰ろうとした。そのたびに知之は必死に制止し、そしてまた中途半端な沈黙を抱えて俯いたり唸ったりするのだ。
 ──何なんだよ。
 苛立ちを隠しもせず、双眸を眇める。
 睨む程強く憤っているわけではないが、このまま大人しく待ち惚けているのも馬鹿らしい。かといって拓也の方から話を促すこともできなかった──全ては自尊心の問題だ。ささやかだが、男として決して無視できない類の安いプライド。終局の足音が聞こえる今になってもそんなものにしがみついていること自体、馬鹿らしいと言えば馬鹿らしくはあるのだが。
 拘らずにいられないから男なのだ、と拓也は自分に言い聞かせた。
 白む世界。心の中にも雪が積もっていく心地で、知之が口を開くのを待つ。
 五分か──或いは十分か、二十分経ったのか。
 いい加減本気で帰ろうとしたところで、知之は何かを決意したかのような表情で大きく深呼吸した。何度か両手を握っては開き、最後に強く握り締める。顔を上げ、幼い顔立ちに精一杯の決意を浮かべ、拓也に向かって力強い一歩を踏み出す。
「なあ、拓也。聞いてくれ」
「……嫌だ」
 ──聞きたくない。
 きっと知之は、悲しい言葉を伝えに来たのだ。
 本当なら秘密にしておかなくてはいけなくて、けれどどうしても誰かに話さずにはいられなくて。
 天使化症候群に感染した患者に対する、一部市民の差別感情も知らないわけではないだろうに──事実、まだ末期に至らない感染者をリンチしたなどというニュースも流れている──危険を冒し、この公園へとやって来た。
 本当なら、彼の告白を聞き入れるべきなのだろう。
 だけど──どうしてそんな残酷なことができるというのか?
 肩を掴まれ、こちらの目を覗き込まれ。
 それでも拓也には、視線を逸らし自分の爪先を見詰める他にできることがない。
「拓也。お前にしか話せないことなんだ──俺は」
「やめろ知之。わかった。もう十分だ。ちゃんと、お前の言いたいことは伝わった。だからもう、それ以上言うな──言わないでくれ」
「いや、言う。お前にだけは、ちゃんと言わなきゃいけないことなんだ。決めたんだよ、俺。お前には何も隠し事しないって。今の俺があるのは拓也のおかげだもんな」
 首を左右に振り、否定の意を示す。知之の今を作ったのは彼自身だ。拓也はほんの少し背中を押しただけで、勇気を振り絞って決断を下したのは知之自身に他ならないのだから。
 だから──聞きたくなかった。
 予想はできる。
 表情から。
 口調から。
 そして何より──同じ男としての、雰囲気のようなものから。
 彼と自分との間に決定的な溝が刻まれたのだと、魂で理解してしまった。
「わかった。悪かった。俺が謝る。だからもう何も言うな、知之──頼むから。マジで。お願いします。言わないでください」
「──俺、春奈先生とエッチしたよ」
「ふっざけんなよてめえ!!」
「ははは! ざまみろ世界! ざまみろ終局! 俺は勝った、この残酷な世界に勝ったんだよ拓也!」
「てめえこの野郎、抜け駆けとはどういうつもりだ!?」
 満面の笑みを浮かべる知之の胸倉を掴み。
 かつてない憤怒に身を任せ、拓也は罵声を張り上げた。
「何してくれてんだ!? 猿か! 猿かお前は! バーカバーカ!」
「拓也……今の俺は、何を言われても全部受け容れられるよ」
「何だその賢者フェイス! 舐めてんのかてめえ! どんな、どんなプレイをした!? 内容によっちゃあ絶交だからな!」
「友情ストップ安だな……」
「文句言うなボケ! ああくそ、告白しろとか言うんじゃなかった! 裏切られた! 俺、親友と思ってた奴に裏切られましたー!」
「とりあえず言っておくと、おっぱいって凄いぞ」
「死ねよやぁぁ!」
 その場に膝から崩れ落ち、怒りのままに地面を叩く。雪が散り拳に痛みが走ったが、今更そんなことを気にする余裕などあるはずもなかった。ゆっくりと屈み込み、知之がそっと肩に手を置いてくる。
「……で、拓也──お前、美雪ちゃんとはどこまで行ったんだ……?」
「はあ!? 俺らはそんなん違いますし! 家族みたいなもんですし! ピュアな関係ですから! お前らみたいに爛れた生活送ってませんからぁ!!」
「……拓也……」
「止めろ! 俺をそんな目で見るな! 哀れむな! 俺はいいんだよこのままで! ぬるーい関係が心地良いんだよ!!」
「正直になれよ、拓也……すっげー幸せだぞ。むしろ、終わった後が」
「俺もエッチなことしたいです安西先生……!」
 何もかもが中途半端な監獄の中で。
 閉じ込められたまま、脱出できる当てもない。
 拓也はただ、知之の慰めにひたすら縋るしかなかった。

 ちなみに、散歩中偶然この場面に通りがかった美雪は、顔を真っ赤に染め、全てを聞かなかったことにして帰宅した。
 この世界の残酷さというのは、つまるところ、そんなようなものだ。

 世界が終わるその日まで、あと九十五日。

テーマ : 自作恋愛連載小説
ジャンル : 小説・文学

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プロフィール

神楽坂司

Author:神楽坂司
世界が終わる。
無慈悲に優しく、無造作に哀しく。
無意味に虚しく、無感動に冷たく。
世界は終わる。
終わりの中で初めて紡がれていく、優しくて哀しい人々の絆。避けられない終局を前にしたとき、彼らの選択はこの世界に何を残していけるのだろうか──?

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