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■ 10月9日 ■
「……まあ、雨だな……」
「拓さぁ~ん……寒いよ~……」
「いやあ、まさか完璧晴れだと思って散歩始めた直後に雨が降るとはな……天気予報ってあてにならねぇなあ」
「私は、空模様が怪しいから傘を持っていこうって言ったよ……」
「うお、一気にずぶ濡れだし。すげぇ降りだな、おい。何かもう、ここまで濡れると、むしろすっきりするよな」
「空模様が怪しいって言ったよ……」
「まさか、雪降ったと思ったら、いきなり雨が降るとはなあ。これも終局が近いからなのか?」
「傘持っていこうって……」
「あーもう、うるせぇなぁ、悪かったってば!」
 心が通じ合う機会はとても少なくて。
 とても少ないけれど、どこにでもありふれていて。
 目には見えないその機会に、手を伸ばす意志があるかどうか。
 降るかもわからない雨のために、傘を用意するような心地にも似ていた。
「走れ走れ! 北北西に進路を取れ!」
「北北西に何があるのさ~……」
「コーヒーが一杯だけタダで飲める喫茶店。粘るぞ!」
「全然自慢げに言うことじゃないよ~っ」
 きっと、そういう気持ちを最後まで持ち続けられる人間だけが、終局の日を見ることができるのだろう。見てどうなるというものでもないのだろうが、見られないよりは幸せなはずだ──と、拓也は漠然と考えていた。
 降り注ぐ雨は地面を薄く白に染めていた雪を洗い流し、アスファルトを黒く湿らせる。家々が、窓硝子が、コンクリート塀が、電柱が──人類がその歴史の中で積み上げてきた無数の建造物達が、浄化されるように雪を剥がされ、本来の姿を取り戻していく。
 或いは──ここから先が、本当の終局なのだと知らしめるように。
 雨は強く、ただ強く降り注いで地上を洗う。
「床上浸水って言うのか? こういうの」
「う~ん……少なくとも冠水はしてるかなぁ……」
「自分の住んでるとこで、こんな光景が見られるなんて……なかなか体験できないな」
「体験したくなかったよ……」
「学習意欲の薄い奴め……おわぁ!」
「……うわ、今の車、凄いスピードだったね……」
「跳ねた! 跳ねた! 畜生!! ああもう、なんで大雨なんか降るんだよ!」
「体験できて良かったんじゃないの?」
「体験にだって善し悪しぐらいあるだろ!?」
 何事にも善し悪しはある。
 雪が降ることで、良いこともあった。
 雨で洗い流されることで、良いこともある。
 当然その逆もある。
 何もかも、一つの側面から見ているだけは全容を掴むことなどできはしない。
 全てを吟味し、勘案して、ようやく人間は答えを見出すことができるのだ。
 勿論、答えが一つだけだと限らない場合もある。
 どれだけ努力しても、答えに辿り着けない可能性もある。
 どちらもまた、当然のリスクだった。
 人間はいつでも、答えに手が届かないリスクを抱えて生きているのだ。
「……拓さん、この字、なんて読める?」
「──臨時休業、と読めるぞ」
「そっか」
「ああ」
「……そっか」
「……うん」
 未来を選択するリスク。
 選択が破棄されるリスク。
 突然の理不尽によって、全てを無価値に均されるリスク。
 全て背負って、人類はここまで生きてきた。
 運命に打ちのめされたとき──人はただ、神に許しを請うように、頭を下げ続けてきたのだ。
 だから、拓也も先人達の知恵に習った。
「本当にごめんなさい」
「最敬礼までされると、私としてもどうしていいかわかんなくなるよ……」
 一つ、滅びから逃れたとしても。
 また新たな滅びに捕らわれてしまう。
 その滅びから捕らわれることもまた、別の滅びによって捕らえられる前段階でしかない──結局のところ、人類は破滅から逃れられなかったのだ。進歩しすぎた科学でもなく、暴発した独裁国家によるテロリズムでもなく、第三次世界大戦でもなく──ただ滅びの形が未だ判然としない、それだけのことで。
 わからない以上、どうすることもできない。
 場当たり的に歩き回って、新しい逃げ道が見つかることを祈って。
 前へ前へと進み続ける両足だけは、どうしても止められない。
「いやあ、ずぶ濡れで飲むコーラってのもオツなもんだな」
「この鯛焼きも美味しいしね」
「っかし、あんなところに鯛焼き屋があるなんてな……この街、結構侮れないぞ」
「あれは……鯛焼き屋、なのかなぁ? 他の物も売ってたけど……」
「タンスと本棚とテーブルを売ってても、ようするに家具屋だろうが。メイン商品の分類だよ、ようするに」
「拓さんの論理は、凄く真っ当なのに、何だか納得しにくいことがあるよね」
 冗談と戯れの歴史だった。
 国を作ってみたり、滅んでみたり。
 文化が生まれてみたり、知識が蓄積されたり。
 人々が交流したり、科学が発展したり。
 挙げ句の果てに、何が何だかわからないまま終局の日を迎えようとしてみたり。
 本当に──冗談のような、歴史でしかなかった。
 小粋なユーモアと受け取るか、性根の曲がった意地悪だと受け取るか。
 今生き残る人々は、皆そのどちらかを選ぼうと必死になっているのだろう──拓也はそのどちらでもなく、ようするにこれが運命とかいう怪しいものの正体なのだと気付き始めていた。誰が決めたわけでもなく、演劇の筋書きのように決まり切った出来事。登場人物達だけが一喜一憂し、ああでもないこうでもないと右往左往している。
 ならば、せめて。
 最後に綺麗な気持ちを残せる役柄でありたい、と拓也は常々考えていた。
「……真っ青だな」
「凄い綺麗な空だねえ、拓さん!」
「ああ……本当、綺麗なもんだ」
 ──綺麗過ぎて、いいご身分だよな。

 世界が滅びるその日まで、あと九十二日。

テーマ : 自作恋愛連載小説
ジャンル : 小説・文学

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プロフィール

神楽坂司

Author:神楽坂司
世界が終わる。
無慈悲に優しく、無造作に哀しく。
無意味に虚しく、無感動に冷たく。
世界は終わる。
終わりの中で初めて紡がれていく、優しくて哀しい人々の絆。避けられない終局を前にしたとき、彼らの選択はこの世界に何を残していけるのだろうか──?

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