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■ 10月12日 ■
「もう、出産予定日近いんですか?」
 目を見開き、拓也が尋ねる。何年か前に見たときとほとんど変わらない姿で働く千秋は、焼きたてのパンを店先に並べながら「うん、そうだよ」とあっさり首肯した。出産間近の人間がそんなに動いていいのか、そもそも働かせる方もどうなんだと様々な台詞が頭の中を走り回る。無数の言葉が意識の網からこぼれ落ちていき、結局最後に残ったのは──おめでとうございます、という何の変哲もない祝辞だった。
 世界が終わろうとしているのに、赤ん坊を産もうとしている。
 母親になろうとする心の強さに、ただ圧倒された。
「宗二郎さんは? 相変わらずですか?」
「うん。相変わらず元気だし、相変わらず変な本ばっかり集めてる。たまにはパン作りの教本でも買いなさいよって言ったって、あの人絶対聞かないんだから」
 告げて笑う表情を見て、拓也は何となく安心した──千秋が今間違いなく幸せなのだと、ようやく確信が持てたからだ。不安や悩みもあるのだろうが、それに負けない幸せが心をしっかりと支えている。宗二郎の存在もまた、彼女の幸せを支える大切な要因の一つなのだろう。今は裏の焼窯でパンを焼いているらしいが、このご時世になっても客が途切れないというのも大した話ではあった。
 そういう自分も店を訪れているのだから、人のことは言えないのだが。
「何か、二人とも変わってなくて安心しました。終局宣言が発令されてから、結構閉めた店なんかも多かったですし……たまたま知り合いから、このパン屋がまだやってるって聞いて、来てみたんですけど」
「そっかあ。拓也君も変わってないみたいで安心したよ。前もほら、何か幽霊みたいな存在感だったじゃない? いつの間にか二階にいる! ってびっくりしたこと、何回もあったもん」
「……今でも俺の存在感は幽霊並みですか」
「自動ドアが開いたことにも気付けなかったよ」
 可笑しそうに笑い、千秋は大きなお腹をさすってパンを並べ終える。
 人の体から、人が生まれる。
 この歳になれば当然妊娠出産の仕組みは理解していたが、それでも尚不思議に感じてしまうのはどうしてなのだろう──何となく嘘臭く、信じがたい。信じなくても何でも、人は生まれてくるのだけど。
 死んでいくのと同じぐらい当然に、人間は生まれてくるのだ。
 たとえ戦時中でも、平和な世の中でも、古代でも、現代でも。
 終局が訪れる直前でも。
 人間は、生まれては死ぬを繰り返している。
「……変わってなくて、安心しました──本当に」
 色々なものが変わってしまった。
 否応なく、拓也の意志を無視して。
 窓の外は粉雪がちらついている。先日の大雨はすぐに止み、気温は急激に冷え込んで再び雪を降らせていた。最大級の寒気が本州全域に流れ込んでいるというニュースだったが、確かに尋常ではなく寒い。拓也も随分と久し振りにクローゼットを引っかき回し、仕舞い込んでいた赤のダウンジャケットを着込んでいた。店内は暖房が効いているが、一歩外に出れば今まで経験したことのないような冷気に襲われる。肌を平手で叩かれるような痛みと寒さを思い出し、拓也は既に気落ちしていた。
 基本的に、暑いのも寒いのも苦手だった──とにかく、変化に対して適応性がないのだ。
「うちは変わってないから大丈夫。拓也君の方はどう? 何か変わった?」
「うちもまあ、別に何かにも変わってないですよ。強いて言うなら、女子高生と同棲し始めたぐらいですかね」
「……それが拓也君の中で変化の範疇に入らないって言うなら、まあ、私が文句言うことでもないけど……」
「ああ、それと、親が自殺しました。終局宣言発令の翌日に」
 ──正確には、発令された深夜ですけどね。
 どうということもなさそうに、好みのパンを幾つかトレイに乗せて。
 どこまでも感情の抜け落ちた声音で、拓也は世間話のように先を続ける。
「ちょうど警察とか救急とかも超混乱してる時期で、色々面倒でしたよ。まあでも、変わったことって言えばそれぐらいですかね? どっちかって言うと、友達に脱童貞の先を越された方がショックでしたし……あ、お会計で」
 黙々と会計を済ませ、淡々と財布から金を取り出す。
 本当に何の変化もなく立ち去ろうとした拓也の背中に──不意に、千秋の声が投げかけられた。
「──拓也君。また来てね?」
「え? ああ、まあ、俺が変な病気とかにならなかったら、当然また来るつもりでしたけど……」
「うん。後、私がもし入院したら、宗二郎さんに電話させるから。出産のとき、病院に来て──来れたらでいいから。何にも予定がなかったら、来て」
「……それもまあ、いいですけど。ていうか、邪魔じゃないですか? 俺とかいるのって」
「邪魔じゃないよ」
 ──変わらないために。
 ──変えないために。
 ──そして何より、変わっていくもののために。
 ──邪魔なものなんて、一つもないんだよ、拓也君。
「私、ここで知り合いになった人がいてさ。その人も呼ぼうと思ってる。だから、拓也君にも……その、同棲してる女子高生の子にも、来て欲しい。変わらないことも……変わることも。ちゃんと、見てて欲しいんだ」
「……はあ」
 何を言われたのか、半分も理解できないままで。
 拓也は、それじゃあまた、と気安い挨拶だけを残して店から去って行く。
 張った腹に掌を当てながら、千秋は今更後悔していた。
 ──変わってないわけないよね……。
 世界が終わるのに。
 世界の終わりに、大切なものを奪われてしまったというのに。
 確かに幽霊みたいな少年だったけれど──幽霊みたいな目の少年ではなかった。
 目は、きちんと生きていたのだ。
 けれど──今は。
「……絶対来てよ。拓也君」

 世界が滅びるその日まで、あと八十九日。

テーマ : 自作恋愛連載小説
ジャンル : 小説・文学

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プロフィール

神楽坂司

Author:神楽坂司
世界が終わる。
無慈悲に優しく、無造作に哀しく。
無意味に虚しく、無感動に冷たく。
世界は終わる。
終わりの中で初めて紡がれていく、優しくて哀しい人々の絆。避けられない終局を前にしたとき、彼らの選択はこの世界に何を残していけるのだろうか──?

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