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■ 10月14日 ■
「──お邪魔しまーす」
 のんびりと伸び上がる声が響くと同時に、階下から玄関扉の開く音が聞こえた。口々に寒い寒いと言いながら、慌ただしい足音が階段を駆け上がってくる。ほとんど重さの違いを感じさせない二つの足音は、拓也の部屋の前で同時に停止すると、勢いよく扉を開け放った。
「おーっす、拓也。鍋の具買ってきたぞ」
「ついでに鍋とコンロも持ってきたぜー」
 ひどく重そうな荷物を両手で抱え、知之と春奈が部屋に入ってくる。顔は真っ赤で、外気温の低下がいかに激しく厳しいものであるかを物語っていた。それこそ何の用事もなかったら、こうして集まろうなどとは誰も言い出さなかったろう。
「秋川ぁ、久しぶりだなあ。んで、こっちが美雪ちゃん?」
「どうも。お久しぶりです、先生」
「初めましてだね。春奈先生」
 言うが早いか、美雪は鍋の具を袋から取り出しては物珍しそうに物色していた。何が面白いのか、いちいち溜息をついては感心したように深く頷いたりしている。品質を確かめているのかもしれないし、今時ここまで完璧に材料を揃えてきてくれた二人に感謝しているのかもしれない。単純に、自分の嫌いな具材が入っていないかどうか確認している可能性が一番高い、と拓也は密かに考えてはいたが。口に出すのは野暮だろう。
「っかし、自分から鍋やろうとか言い出したくせに、鍋の道具なんか一つも持ってないってんだから……拓也らしいよな」
 まるで天啓を得た予言者のように。
 四人で鍋をやろう──と言い出したのは、意外にも拓也だった。本来目立つことを嫌い、自発的な行動を滅多にとらない彼が、こういった企画を言い出すことは珍しい。物珍しさに押されるままに連絡は行き届き、こうして今日、拓也と美雪、知之と春奈の四人が秋川家に集まって、一つ鍋を囲むことになったのだ。
 ──予想外だったことと言えば、提案した当の本人が、鍋を作るために必要なものを一切持っていなかったことだろうか。結局知之と春奈が近所のホームセンターにまで出かけ、終局特売セール品と銘打たれた商品を買い込んできた。不謹慎だろうが何だろうが、今更貨幣価値などないも同然だ──投げ売りどころかほとんど好きに持って行けと言わんばかりの売り方に、知之達は一切遠慮などしなかった。
「いや、ただの思いつきだし。あと、前に鍋やろうとして、鍋そのものがなくって中止になったことがあってさ。そんときのリベンジっていうか」
「……リベンジって言うなら、それこそ美雪ちゃんと二人でやれば良かったんじゃ?」
「寂しいことを言うなよ性的な意味での裏切り者」
 無表情で言い返し、拓也は押入から炬燵を引っぱり出すと、部屋の真ん中に設置した。怒りか羞恥か、あるいはそのどちらでもない感情によって赤面している友人のことはひとまず放っておく。
 春奈からコンロを受け取り、真新しい鍋をテーブルの上に置く。
 昆布と水を入れて火をかけると、知之の買ってきた鍋の具を適当に分類していった。あらかじめ用意しておいたまな板と包丁を取り出し、手早くそれぞれの具を食べやすい大きさに切っていく。
「……秋川少年さあ。妙に手慣れてね? 進路、調理師とかだったっけ?」
「あー……ほら、俺、終局宣言が出て直後に、強制一人暮らしになったじゃないですか。結構料理とか自分でやったんですよ」
「ふうん……マメなんだねえ、秋川少年は」
「A型ですから」
 それでなくとも料理は好きだった。後片付けなどの面倒が嫌いなので公言していなかったが、どうせもうじき世界が終わるのならと、重い腰を上げたのだ。
「拓也……そういや、おまえ酒飲めたっけ」
「俺とおまえは同い年で未成年だが、それをわかって聞いてんのか?」
「俺、おまえが本当はそんなこと気にしない人間だって信じてる」
「信じないでいい──っていうかおまえ、もう買ってきてんじゃねえかよ!」
「とりあえずビールは必需品かなぁと」
「必需品かなぁ、じゃないだろ。いいんですか先生──ってもう飲んでるし!」
 既に一缶目を飲み始めていた春奈に驚き、拓也は深く項垂れるしかなかった。
 袋から大量に出てくる缶ビールを見下ろし、重く深い息を吐く。中学生の頃に一度だけ日本酒を飲んだことがあるが、その後の記憶は拓也の人生で最も忌むべきものとして固く封印されていた。
 酒を飲まないと殺すと脅迫でもされない限り、二度とアルコールの摂取はしないと決心していたのだが──いちいちそんなことを説明するのも、何だか馬鹿らしい。
 今更だ、と捨て鉢な心地になる。
 何もかも今更だ。醜態を晒そうが吐こうが喚こうが、どうせ終局の日には全てなかったことになるのだから。
 拓也が悶々と考え事をしている間に、知之は勝手にゲーム機を取り出し、電源をつけてテレビと向かい合っている。隣に座った春奈は、どうやら一緒にゲームに興じるつもりらしかった。
 先程から姿が見えないと思えば、美雪はいつの間にか台所までジュースを取りに行っていたらしい。今は一人でカルピスを飲みながら、部屋の隅でジグソーパズルとの格闘を再開している。
 三者三様に、自分のやりたいことだけをやっていた。
 誰も拓也の手伝いをしようという発想すら湧かないらしい。
「……そんなもんか」
 鶏肉から出たアクをすくいながら、ぼんやりと独白する。
 好き勝手なことをして、好き勝手な生き方を選んで、好き勝手に死んでいく。
 全て自分のためだけに。
 自分が幸せになれるように。
 恋人を連れて友人の家を訪れること。
 勝手に人の家に住み着いて、毎日飽きもせずに飛んだり跳ねたりしていること。
 終わっていく世界の寂しさに耐えきれず、くだらない理由を見つけては友人達を呼びつけること。
 全て、自分のためだけに。
 よほど強力な摩擦が発生しない限り、そうやって生きていくことに何の不自由もない。むしろそれが当然のはずだった。他人のため、誰かのためという言葉は、ただの言い訳にしかならない。言い訳でなければ釈明か、弁解か。結局どちらかでしかあり得ない。
(友達が寂しそうにしていたので遊んであげました、ってな)
 知之は天使化症候群に感染している。
 春奈はいずれ殺されるかもしれない自分の運命に見切りをつけている。
 美雪はハピネス症候群に感染し、ふらふらと不安定に生きている。
 そんな友人達に囲まれて、拓也は鍋を作っている。
 誰に指図されたわけでもなく、自然とそうなるような選択を繰り返していた。言い訳などできはしない。全てはただ、なるようにしかならないのだから──流れるように流されていくしかないのだろう。
 いつまでこの世界が続くのかはわからない。終局が訪れる前に死んでしまうかもしれない。だからといって何もしないのは癪だったし、自殺するのはひたすら馬鹿らしかった。最後まで生き抜くことに意味があるのかどうかもわからないが、せめて生き残るための努力ぐらいはしてもいい。大事な何かを少しずつ諦めながら、とりあえず生きて歩き続ける。
(それしかないもんな)
 賑やかな室内を見渡して。
 どうしようもなく無駄な時間が、どうしようもなく大切だったのだと今更ながらに気付かされる。
 世界はずっと続くものだと信じて疑わなかった頃には忘れていたことを、今更ながらに思い出す。
 自分が好きだと思ったことだから、自分で決める。
 正しいか間違っているかも気にせずに、自分のことだけは自分で決める。
 滅んでいくこの世界で、たとえ手遅れだったとしても。
 ようやく気付き、思い出せたことが嬉しかった。
「ほれ、鍋できたぜ」
「おー、なんか拓也が作ったにしては凄え美味そうじゃん!」
「ほんと、器用だね……秋川、これなら主夫目指せるでしょや」
「拓さん……意外な特技発見だね」
「誰も素直に俺のことを褒めてくれないのな……おまえら鶏肉なし!!」
「水炊きで鶏肉なしって何食うんだ!?」
「野菜オンリーなるべさ……」
「私は椎茸好きだなっ」
 楽しいから、楽しいことをする。
 だから、四人は大騒ぎしながら鍋を囲んだ。
 大騒ぎして、大はしゃぎして。
 食べ終わったらゲームに熱中して、ビールを飲んで、酔っ払った。
 散乱した漫画本。
 雑多に放り出された空き缶、空き瓶。
 最早どんな料理だったのかも判別のつかない混合食物。
 大音量で鳴らされるヘヴィメタルと、それを凌ぐ声量の笑い声。
 一体どれぐらい前から電源が入っているのかわからないテレビゲーム。
 これらを複合して表現する日本語は、拓也が知る限り一つしかない。
 惨状だ。
 まさしく──それは、惨状だった。
 だけど、楽しい惨状だと思った。

 ──結局、夜通し馬鹿騒ぎは続くことになる。

 世界が滅びるその日まで、あと八十七日。

テーマ : 自作恋愛連載小説
ジャンル : 小説・文学

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プロフィール

神楽坂司

Author:神楽坂司
世界が終わる。
無慈悲に優しく、無造作に哀しく。
無意味に虚しく、無感動に冷たく。
世界は終わる。
終わりの中で初めて紡がれていく、優しくて哀しい人々の絆。避けられない終局を前にしたとき、彼らの選択はこの世界に何を残していけるのだろうか──?

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