FC2ブログ
≪11  2018-12/1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31  01≫
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
■ 10月17日 ■
 砂利を踏む音すら不愉快だった。最近は何かにつけ短気になったと思う。短気になったのか、それともただ神経過敏になっているだけか。警察の特殊部隊が常に狙撃銃で頭と心臓を狙っているらしいという噂を聞けば、無理もない話ではある。少なくとも、自分もその程度の流言飛語に影響される程度の一市民だったわけだ。
 天使化した患者達を殺して回ろうが。
 暴発し、政治団体の会員達を虐殺しようが。
 結局どこまで大袈裟な真似をしでかしてみても、一人の市民以上にはなれなかった。そのことに関しては、感謝以外の感情もない。神様か、もっと気の利いた誰かが、洋介の心をぎりぎりの一線で食い止めてくれていた。
 凹凸の多い地面を軍靴で歩き、目的の場所へと向かう。
 正直、気は重かった。どうせやるのは死体の確認作業で、そうでなければ死にかける人間を見取るだけだ。たったそれだけのことだから、他の隊員達に任せることもできなかった。
 犯罪者として全国に指名手配までされている自分が、何故わざわざ長距離行軍しなければいけないのかと毒突きながら、戦闘の跡が深く刻まれた道路を進んでいく。両脇を囲む無数のビルには人気もなく、この一帯が既に無人であることが知れた。もともと都内有数のビジネス街だったのだから、今更真面目に出勤する人間もいないということなのだろう。
 ──俺はこんなに真面目に労働してるってのにな。
 冗談でもなく、胸中で呻く。
 硝子と、鉄片と、アスファルトの欠片を踏み締めた。不意に靴の裏から伝わる感触に変化が生じる。硬さから、柔らかさへ──粘つきへ。肉片と血液の感触だ。
 視線を落とす必要すらない。
 もう何度踏みにじってきたかわからない感覚だった。
「……藤掛、それに稲穂。お務めご苦労さん」
 左半身が無残に食い荒らされている藤掛と、四肢の骨が残らずへし折られている稲穂と、周囲に転がる無数の天使達だったものと。
 後は洋介だけが、この場にいることを許されている。
 他は誰も許さない。
 他は誰でも許せなかった。
「……た、い──ちょ……」
 ほんの微かな声が聞こえて。
 洋介は特に驚いたふうもなく、稲穂の側まで歩み寄る。
「稲穂。どうだ? もう駄目か」
「……は、──い……もう、駄目っス。死にます……俺、死、にます」
「そっか……天使と相打ちか。まあ俺達には相応しいわな」
「…へ、へ……ち──がう、っスよ。藤掛、は、俺をかばっ──て、死、んだ……っス」
「そうか。あいつもいい奴だったからな」
「……そう、っスよ……藤、掛は──いい奴、だった……」
 恐らくは人格すら破壊しかねない程の激痛に襲われながらも、稲穂は大粒の涙をこぼしながら懸命に唇を動かした。一言発するたび、大きく咽せ込んで大量の血液を吐き出す。骨折だけではなく、内臓にまで損傷を負っているらしかった。頭の片隅に残しておいた救護の可能性をきっぱりと捨て去って、洋介はただ死に逝く者の姿を見守っている。
 拳銃を握り見守っている。
「……その、天使。俺の、恋人……だったんス、よ──」
「はあ? 何だよ、そんな若い恋人いたのかよ」
「う、ら……やまし、いっ──で、しょ?」
「羨ましすぎるっつうの。それで何か、殺せなかったか」
「……い、や……俺、殺した、から。だから──俺」
「いいよ。わかるよ。恋人殺して普通にしてられる奴はいないさ。しょうがないだろ」
 何もかも。
 仕方がない、こうなるべきだったんだと受け容れる他に、この終局を生き抜く術はないのだから。
 だから──きっと藤掛も稲穂も、天使達を殺して、天使達に殺されて、満足しながら殺されたのだろう。体中を食い散らかされ、骨という骨を戯れにへし折られ、それで満足だったのだろう。
「たい、ちょ──う。が、ん……ばっ……て」
「……ああ」
「が……ん、ばっ……て! 頑張って! 隊長!! ああ、俺はもう死ぬ──わかる、畜生、だから俺──伝えられること、全部伝えたい! 頑張って! 隊長、頑張って! 行きます! 行きます! 隊長! 俺行きます! 痛いのは嫌だから、苦しいのは嫌だから、だから隊長、最後はよろしくお願いします! すみません隊長! 頑張って!」
 言葉らしい言葉を紡げたのは、最後の余力などではない。
 きっとこれが、奇跡なのだ。
 洋介は、そう信じて拳銃の引き金に手をかけた。
「ごめんなさい、ありがとう、隊長、尊敬してましたっ!」
 ──そして、一発だけの銃声が響いて。
「……ごめんな、ありがとう、稲穂。お前達の分まで、頑張ってみるよ」
 奇跡の代価に何を支払えばいいのか、わからないままだった。

 世界が滅びるその日まで、あと八十四日。

テーマ : 自作恋愛連載小説
ジャンル : 小説・文学

コメントの投稿

Secret
(非公開コメント受付中)

コメント

プロフィール

神楽坂司

Author:神楽坂司
世界が終わる。
無慈悲に優しく、無造作に哀しく。
無意味に虚しく、無感動に冷たく。
世界は終わる。
終わりの中で初めて紡がれていく、優しくて哀しい人々の絆。避けられない終局を前にしたとき、彼らの選択はこの世界に何を残していけるのだろうか──?

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
リンク
フリーエリア
QRコード
QR
検索フォーム
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。