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■ 10月23日 ■
「拓さん、プロポーズの言葉って、何か思い浮かぶ?」
「それってラーメン屋でおもむろに切り出すような話題か? しかも人のおごりで塩つけ麺大盛りを頼んだ女が、当のおごらされてる本人に」
「ふふふ、勝負に勝ったのは私だからねっ! 相手が拓さんでも、ここはしっかりおごってもらうんだよ!」
「しかも塩つけ麺というマニアックさと、女子ながらに大盛りというそのアンバランスさが……たまらないミスマッチだな」
「……拓さん、何か変なこと考えてない?」
「馬鹿な。俺はいつでも真剣だ」
 真剣に、変なことを考えているという可能性にまでは思い至らなかったらしい。そうか、そうだよねと無闇な安心を寄せて、美雪はカウンター席に置かれた麺用とスープ用二つの丼を、自分の手前に引き寄せた。その仕草を横目に見ながら、拓也はそれこそおかしなことを考えていた──この緩やかで生温い関係性を、いつまで維持すべきなのか?
 そもそも彼女が拓也の家に転がり込んできたのは、ハピネス症候群の影響で帰るべき自宅の位置を忘れてしまったからだ。病気が治癒する可能性はなかったとしても、家族が迎えに来る可能性は十分にあった。美雪には報せていなかったが、拓也は市役所や警察に家出人捜索の届け出が出ていないかどうか、定期的に確認している。
 今のところ、美雪の家族に繋がる情報は何も見つかっていない。捜索届けも出ていないし、警察機能が極度に低下しているため、この近隣では深沢という姓の家庭に美雪という娘はいないと調べるまでが精一杯だった。彼女のことだから、それこそ隣県から歩いてきた可能性まである。そうなると、もう拓也にはお手上げだった──彼女の家族が車で迎えにでも来ない限り、送っていく手段は何もない。この寒さの中、雪中行軍してまで美雪を家に帰してやろうとまでは思えなかった。
 ──いや、違うな……本気じゃないのか。俺が。
 本気で、美雪を家に帰そうとしていない。
 帰したくないと──そう、考えてしまっていた。
 ──こいつはどうなんだろうな。
 本気で家に帰りたいと願っているのか。
 夜ごと散歩を繰り返してはいるようだが、どこまで行っているのか聞いたことはなかった。何となく干渉すべきではないように思えたのだ。美雪の方からも、今日はどこそこに行ったなどという報告があったことは一度もない。
 秘密でも、隠し事でもなく。
 聞く必要も、話す必要もないだけだ。
 ──聞くべきなのか、多分全然別のことだろ。
「……つうかよ。あれやっぱ反則だろ。結構俺手伝ったし」
「それでも三時間以内は三時間以内のルールだからね。約束は守ってもらわないと……さもないと、拓さんが指切りゲルマンに襲われちゃうかもしれないし」
「ゲルマン民族に関しては置いといてくれ。話が進まない」
「実はゲルマン民族ってあくまでローマ人による諸部族の他称で、そういう民族共同体はなかったんだけどね」
「何おまえ成績悪いくせにゲルマン知識だけ豊富なんだよ。意味わかんねえよ」
「興味があることだけは調べる癖がついてるからね。ね、拓さん、そんなことより、プロポーズの言葉だよ。こないだテレビでやってたんだけど、モデルさんと俳優さんがね、終局前でも結婚しますって言っててね。私すっごく感動しちゃったんだよねっ」
「いや……感動するのも結婚するのも好きにしていいけどよ。それって、俺らぐらいの間柄で出てくる話題か?」
 尋ねた拓也に、美雪は心底不思議そうに双眸の渦巻き模様をくるんと回してみせた。
「ん? だって、一緒にラーメン食べに来てるんだよ?」
「食いに来てるけど」
「これはもう結婚を前提としたお付き合いをしているカップルの行為だよ」
「……何かもう色々凄いよな、おまえって」
 家に帰りたいとか、帰りたくないとか。
 この関係を続けていいのか、どこが線引きした方がいいんじゃないか。
 そんなことでずっと頭を悩ませていた自分が馬鹿らしくなる。
 多分美雪は、毎日を自分が楽しいと思ったことから順番にこなしているだけだ──朝起きたら一番やりたいことに手を着け、夜には疲れて眠るのを繰り返しているだけ。余計なことに気を遣わず、些細なことに思い悩まず、ただ幸せなままに生きている。
 ハピネス症候群であることなど、きっと関係なく。
 美雪は終局が始まる前から、ずっとこんな人間だったのだろう。
「……俺も見習うか。おまえのこと」
「おっおっ、ついに拓さんも私の凄さに気付いちゃったかな? かなかな?」
「ああ、すげえ馬鹿だおまえは」
「すごい馬鹿の何を見習うの!?」
 ──馬鹿でも幸せに生きていけるってことだよ。
 言葉には出さずに、笑顔だけで答えて。
 拓也は目の前に置かれた味噌ラーメンに箸をつけた。

 世界が滅びるその日まで、あと七十八日。

テーマ : 自作恋愛連載小説
ジャンル : 小説・文学

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神楽坂司

Author:神楽坂司
世界が終わる。
無慈悲に優しく、無造作に哀しく。
無意味に虚しく、無感動に冷たく。
世界は終わる。
終わりの中で初めて紡がれていく、優しくて哀しい人々の絆。避けられない終局を前にしたとき、彼らの選択はこの世界に何を残していけるのだろうか──?

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