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■ 10月24日 ■
「……あれ」
 図書室には似つかわしくない人間の姿を見つけて、拓也は思わず声を上げた。それでも何とか手を振り、かろうじての礼儀を死守する。まさか自分以外に人間がいるとは思ってもいなかったので、声も動作も間の抜けたものになっていただろう。相手の少女もそう思ったらしく、なに間抜けな顔してんだよ──と、ぶっきらぼうな態度で返してきた。事実間抜けだったのだから反論しようもない。
 拓也の通う学校は、未だに何人かの生徒が通学を続けている。教師達も、日々数を減らしてはいるが、出勤を止めようとしない者が何人か残っていた。だが彼らはあくまで本校舎で授業の真似事を続けているだけで、特別棟の三階などという不便な場所にある図書館にはまず足を運ばない。事実、拓也がこれまで図書室で自分以外の誰かと出会った試しはなかった。
 染めているのだろう、赤みを帯びた髪を無造作に背中まで伸ばしている。ところどころ毛先が跳ねて、身なりに気を遣っているとは言い難い様子だった。もっとも外見に関して言えば、アイロンもろくに当てていない制服姿の拓也も、決して人のことは言えなかった。整髪もろくにしていないので、むしろ拓也の方が遙かに見窄らしい。
 身長は拓也と同じ程度だが、とにかく華奢な印象の少女だった。制服から僅かに除く手足は細く、不健康なまでに肌が白い。吊り目の険相は眼鏡でかろうじて緩和されていたものの、初対面の人間に対して友好的に接してくれる類の人間には見えなかった。テーブルを前に姿勢よく座ったまま、唇を横一文字にきつく結び、じっとこちらを睨んでいる。
 だが、睨まれて気後れする拓也でもなかった。彼はとかく他人の感情や機微に対し無頓着で、はっきり言えば鈍感だ。今も考えているのは、この少女がどうやら自分の知り合いらしい──ということだった。
 ──クラスメイトだな。間違いなく。
 そこまで遡らなければ思い出せない自分の記憶力に深刻な問題を確認しつつ、とりあえずは少女の顔をじっと見詰める。何見てんだよ秋川、と言われたが、ひとまずそこは気にしないことにした。むしろ少女が自分の名字を知ってくれていたことで、完全な他人だという線は消える。
 ──クラスメイトの……。
 赤い髪。
 華奢──というよりはただ細すぎるだけの体躯。
 眼鏡、きつい目付き、険しい表情。
 文庫本──。
 ──文庫本?
 読みかけだったのだろう、ページの途中で開かれたままの古い小説。内容もタイトルもわからないが、文庫本を読んでいる少女という存在には覚えがあった。
「ええと……そうだ。はるしろ……春代ノゾミだ。思い出した」
「……は? 忘れてたわけ? ていうか今までずっと、あんた私のこと思い出そうとしてたの?」
「ああ。褒めてくれて構わないぞ」
「クラスメイトの顔と名前を忘れてた奴を、何で褒めなきゃいけないんだよ」
「ツルゲーネフか? それ」
「は?」
 一度思い出せば、連鎖して記憶は蘇る。
 終局宣言前から図書室の常連だった拓也は、何人か他の常連と呼べる生徒を見知っていた。中でもノゾミは同じクラスだったこともあり、何度か声をかけたことがある。そのとき彼女が読んでいたのは小難しい海外の古典文学で、今もその嗜好は変わっていないのだろうと判断した。拓也がかろうじて記憶している、海外の文学者で難しそうな本を書く作家の名前を絞り出したのだが。
 ──違う、モーパッサンだよ。
 突き放すように言われて、拓也は特に気落ちするでもなく、ただ頷きを返した。
「……ていうかさ。私が海外文学好きなの、覚えてたわけ? 顔も名前も忘れてたのに」
「順番が逆なんだよ。顔と名前を思い出したから、一緒にそっちも思い出したんだ」
「だからさ、自慢すんなって。私のこと忘れてたんだから」
 まだ文句を言いたそうなノゾミではあったが、とりあえず言うべき内容も見つからなかったらしい。彼女が無言になった隙に、窓際に設置された読書用スペースに座り──つまりはノゾミと対面に座ったわけだが──拓也は鞄から大判の辞典を取り出す。
 背表紙には、元素の辞典、と書かれていた。
 特に本を開こうとする素振りも見せず、拓也は本を机の上に出して呆け始めた。瞳から焦点が抜け落ちる。
 何か胡散臭いものを見る目つきで、ノゾミは真向かいの少年を睨みつけた。
 ──何やってんだ、こいつ。
 目で語られても、返答のしようもない。
 しばらくの間、無言の時間が続く。
 いよいよ痺れを切らしたのか、不意にノゾミがぼそりと呟いてきた。
「元素番号21番」
「スカンジウム」
「74番」
「タングステン」
「102番」
「ノーベリウム」
「……134番」
「悪魔光線」
「光線!? 元素だろ!? そもそも元素って134番もないし!」
「悪魔にツッコまない辺り、おまえっていい奴なんだな」
 ほう、と互いに溜息をこぼす。そのタイミングの良さに緊張が解れたのか、いつまでもこんな奴相手に真面目に対応しても仕方ないと思われたのか。ともかく、ノゾミはゆっくりと相好を崩した。笑えば案外愛嬌のある顔立ちをしている──というか、普段の表情に愛嬌がなさすぎるのだが。
「別に悪魔でも光線でもどっちでもいいけどさ……結構面白い奴だったんだ、あんたって。ちょっとイメージ変わった」
「むしろ今までどう思われてたんだよ」
「クラスで一番友達多そうな振りしてるけど、実は隠れぼっちで……」
「止めろ、それ以上言うと俺が傷つく」
「あっ、そう」
 言って窓の外を向き、ノゾミはしんしんと降り積もる雪へと視線を移した。
 つられて拓也も外を見る。本校舎は雪に覆われ、敷地外の道路は完全に積雪で埋まっていた。雪の勢いは毎日異なり、少なくとも今朝方までは──つまるところ、二人が登校してくるまでは珍しく小降りになっていたのだが。
 二人とも、テーブルの脇、そして下を探り──そして、無言のまま見詰め合った。
 どこを探したところで、傘も長靴も持ってきていない。
「……なあ、秋川」
「何だよ」
「あんた、悪魔光線でこの雪なんとかならない?」
「……大変申し訳ないが、俺は光線技とか使えない設定のキャラなんだ」
「ぼっちのくせに使えない……レオかよ」
「傷つくって言ってんだろ! あとウルトラマンレオだって後半は光線技使ってたし!」
「レオ以下かよ」
「止めろ、それ以上言うと俺が結構本気で泣くぞ。俺ぐらいの歳の男が本気で泣くとな、凄いからな。間違いなくどん引きするぞ」
「あっ、そう……」
 どれだけ言葉を遣り取りしたところで。
 雪が降り止む気配は一向にない。
 図書室の中は次第に音すら外界の雪に吸い込まれていき、一時間もした後には誰もいなくなった。

 世界が終わるその日まで、あと七十七日。

テーマ : 自作恋愛連載小説
ジャンル : 小説・文学

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プロフィール

神楽坂司

Author:神楽坂司
世界が終わる。
無慈悲に優しく、無造作に哀しく。
無意味に虚しく、無感動に冷たく。
世界は終わる。
終わりの中で初めて紡がれていく、優しくて哀しい人々の絆。避けられない終局を前にしたとき、彼らの選択はこの世界に何を残していけるのだろうか──?

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