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■ 9月20日 ■
 各国政府それぞれによって世界終局宣言が発令されてから、地球全域は記録的な──と言うか、まあ、終末的な──異常気象に見舞われている。日本に限定すれば例年より遙かに早く寒波が押し寄せ、全国的に積雪と厳寒が続いていた。
 気象は荒れ狂っている。終局に向けて平穏を手に入れようと藻掻く人間を試すように、予測も予報も裏切り続けた。それと並行するように、これまで確認されたことのない異常な病気も次々と発生したことで、世界中は未曾有の混乱に見舞われている。
 ハピネス症候群などはまだましな方で、伝染性殺人偏執狂症候群や、肉体表裏転換症候群などは、自分や他人をあからさまに生命の危機に晒す病気として恐れられていた。
 中でも特に恐れられているのは、天使化症候群と呼ばれる病気だった。
 これに感染すると背中から純白の翼が生えて、常人の数倍にも匹敵する筋力と不死に近い体を手に入れてしまう。症状がこれだけだったら、天使化症候群は人類にとっての福音となったのかもしれない。
 だが、そうはならなかった。
 あまりにも明確すぎる、その理由によって。
 天使化症候群は、終局を迎えつつある世界の中でも、最も恐ろしい病魔として広く認知されるようになったのだ。
 壁にかけられたトランシーバが、小うるさい鳥のようにざあざあと鳴った。ノイズ混じりの罵声とも悲鳴ともつかない声が、ひっきりなしに響いては聞き入る者の鼓膜とその奥を痛めつける。
「……隊長、池袋方面は全滅っスよ、──ゼンメツ」
「駄目です……サンシャインの中は──グチャグチャで、うわ、もう、地獄だ……あーモー、ひどいもんですよ、臭いがここまで……」
「──くそったれ……向かってます、そっちに向かって飛んでます。気を付けて、天使化した少年少女六体が、そっちに向かいました──逃がした」
「こちら若槻……松井と新城が──グチャグチャです、後ろからやられたから……政府の連中、早く引き上げさせてくれよ……隊長、俺達いつ帰れるんですか」
「……隊長、俺達いつ田舎に帰れるんですか」
「……隊長、俺、いつになったらツェッペリン聴けるんですか……狭い部屋の中で、何にもしないで──くそっ、くそったれ、くそ……ちくしょう、ちくしょう──」
「隊長……いつ、帰れるんですか」
「──隊長、俺達いつ帰れるんですか……ザッ」
「隊長、俺達いつまで人殺ししなきゃいけないんですか」

「俺が知るかよ、馬鹿野郎」

 トランシーバに向かって悪態を吐き、蓮川洋介は勢いよく簡易寝台に倒れ込んだ。背中に返ってくる固い感触に顔をしかめながら、無限に湧き出てくる悪態の続きを喉奥で噛み潰し続ける。無為な努力だとわかってはいた。それでも努力を止められないせいで、隊長などと呼ばれる立場に追いやられたわけだが。
 急造で設営されたテントの中、ちかちかと裸電球が光る。
 部屋の中を埋め尽くすコード、基盤、モニタの類が、ぶぉん──ぶぉぉんと濁った音で鳴いていた。ファンが回転し機械類を冷やす音だ。いつになったら組み上がるのかもわからない──そもそも完成したところで何の役に立つのかもわからない不格好の機械は、しかし洋介が精神の安定を保つためには絶対に必要なものだった。
 その機械を避けるようにして、一人の少年が安らかな寝息をたてていた。淡い色合いの髪が、差し込む陽光を受けて輝いているようにも見える。まるで少女のような顔。洋介も最初、十五、六の女の子だと思ったのだ。でなければ、天使化症候群の患者に襲われていたこの少年を、身を挺して助けてやるような真似はしなかっただろう。
「あきちゃん。おい、起きろよ」
 ううん──と。
 重そうな瞼をこじ開けて、『あきちゃん』と呼ばれた少年はくぐもった声を上げた。
「……洋介さん、ぼく、加藤秋彦って名前があるんだから、そんな変なあだ名で呼ばないでくださいよ……」
「アキヒコ、だから、あきちゃん、だろ? 変でも何でもねえ」
「そんな女の子みたいなあだ名、嫌ですよ」
「俺が気持ちいいだろ、そういうふうに呼ぶと。女の子と一緒にいるみたいでよ」
 ぼやいて、洋介は煙草に火を点ける。さして美味くもない煙で肺を満たすと、ほんの少しだけ救われた気持ちになれた。自分自身を痛めつけている自覚は、人殺し稼業を義務的に行う自分のような人間にすれば体の良い逃避になった。
「天使化した連中がこっちに向かってるってよ」
「そうなんですか……? じゃあ、早く準備しないと」
「人殺しの準備をな」
「殺されるよりずっとましじゃないですか」
「そりゃそうだ。なぁ、あきちゃん」
「? 何ですか?」
「本当に、おまえが女の子だったら良かったのにな。そしたら、俺はこんな薄汚いときでも、おまえに恋する気持ちは綺麗だったろうにな」
「……知りませんよ、そんなの。ぼくが女の子じゃないのは、ぼくのせいじゃないです」
「頑張って女の子になろうとか思わないのかよ」
「なろうと思ってなれるもんじゃないですよ」
 マシンガンを手に取り、
 小型のチェーンソーを携えて、
 二人はそんなことを話しながら部屋を出る。
「天使を殺して、給料貰って、殺し殺され俺達ハッピー……ってな」
「……何です、その歌」
「俺が考えたんだ。秀逸だろ?」
「才能のなさは秀逸ですけど」
「きついこと言うなよ、あきちゃん」
「あきちゃんって呼ぶのをやめたら考えますよ」
「じゃあ駄目だ、どんどんきついことを言ってくれ」
「……最低」
 天使化した少年少女を殺すことは、法律でも既に認可されている──むしろ推奨されていると言っても過言ではない。自衛隊の中にはそういった特殊な部隊がいて、洋介も、あきちゃんも、今はその部隊に所属していた。もっともあきちゃんに関しては、洋介が無理矢理現地徴用したと表現すべきだが。
「昔はな、人殺しした奴でも、殺しちゃいけなかったんだよ」
 ──人権がどうとか言ってな。
「でも今は違う。少なくとも……天使化した奴らを殺すことは、人殺しにはならない。一度天使化したら、そいつはもう人間とは見做されない」
 だから殺すのだ。
 拳銃で眉間を打ち抜いて、
 機関銃で全身を引き裂いて、
 二度と立ち上がることがないように、チェーンソーで細かく分解してあげよう。
 誰かが死んでいくときは、奉仕の気持ちになることが肝要だった。
 恨みがないなら尚更だ。
 ──愛する者が死んだときは、自殺しなけりゃあなりません。
 ──それも叶わないとなったらテンポよく、拍手をしなけりゃあなりません。
「洋介さん、悲しくて泣いてるんですか」
「人殺ししなきゃいけねえのは悲しいよ、あきちゃん。恨みも何にもないのに、刻んだ肉片にしなきゃいけないのは辛いことだぜ、あきちゃん」
「でも、辛くても悲しくても、せめて僕達だけはその辛さと悲しさに立ち向かわなくちゃいけません」
「オーケイ、せめて俺達だけでも立ち向かおう。それが人間の証明だよな、あきちゃん」
 狂い咲く、人間の証明。

 世界が滅びるその日まで、あと百と十一日。

テーマ : 自作恋愛連載小説
ジャンル : 小説・文学

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プロフィール

神楽坂司

Author:神楽坂司
世界が終わる。
無慈悲に優しく、無造作に哀しく。
無意味に虚しく、無感動に冷たく。
世界は終わる。
終わりの中で初めて紡がれていく、優しくて哀しい人々の絆。避けられない終局を前にしたとき、彼らの選択はこの世界に何を残していけるのだろうか──?

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