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■ 10月25日 ■
 気まずい。
 あらゆる現実を自分で処理できない──ただひたすらに気まずい思いをする他なく、拓也にしては珍しく狼狽えてもいた。あまり感情を振幅させることの少ない人生を歩んできたつもりだったが、所詮つもりはつもりでしかなかったらしい。圧倒的な気まずさというものに対面すると、人間は本当に何も出来なくなるのだと痛感した。
 どこかに出かけたわけではない。自宅である秋川家の、寛ぐべき場所であるリビングでのことだ。
 肌が感電したように痺れている。
 決して自分が悪いわけでもないのに、何故か視線を上げにくい──理由を挙げろと言われれば幾らでも挙げられる自信はあったが、中でも最たるものは、単純に視線を合わせるのが怖くてたまらないというものだった。誰と目を合わせるのが嫌なのか、答えることすら恐ろしい。
 終局の訪れを前に、何もかもが手遅れになろうとしている感覚。
 はっきりとした胸苦しささえ感じながら、拓也は自分は石なのだと思い込もうとしていた。石だから何も感じず、何も見ず──そしてとくに重要なことだが、何も喋らない。石に意見はなく、主義主張もない。問いに答えることもなく、また誰かに問いかけることもない──石なのだから。石はただ沈黙していればいい。沈黙を破ったが最後、その罪が全て自分に降りかかってきそうだった。
 ──自己暗示なんて、いつまで保つかわかったもんじゃないけどな……。
 諦めと共に、深い溜息をつく。
 結局いつまでも現実から目を逸らしてはいられないし、そもそも自分は石ではないのだ。そんなことは最初から百も承知だった。いつかは目の前で起きていることの全てを直視し、問題を解決しなければならない。困難だが、他に変わってくれる人間など見当たらなかった。
「……ええと」
 枕詞のように呟いて、上目遣いで視線を上げる。
 秋川家のリビングには、三人の人間が集まっていた。
 まずは自分。当然だ。ここは自宅なのだから、むしろ彼がいない方が不自然だろう。何故か床に正座している状況も、十分すぎる程に不自然ではあるのだが。
 もう一人は深沢美雪。テレビ前のソファに座り、彼女にしては珍しく神経質な表情をしている。彼女に関しても、拓也からすればそれほど不自然な存在ではない。勝手に住み着いてはいるものの、彼女は異様にパーソナルスペースを守る術に長けていたため、お互いの触れられたくない領域を侵さずに生活を続けていられた。
 そして、三人目──春代ノゾミ。食卓として使用しているテーブルに着いて、退屈そうに細い足をぶらぶらと揺らしている。
 拓也の級友だが、さほど交流があったわけでもない。何度か図書室で見かけ、言葉を交わした程度の間柄だ。
 ──つまり、春代のせいで気まずくなってるわけだが。
 今ここに春代ノゾミがいるのは、拓也のせいだった。誰に文句を言うこともできない──もし無理にでも探すとするなら、迂闊な発言をした昨日の自分ということになる。
 大雪が降りしきる中、これ以上雪が積もる前に多少無理をしてでも帰ろうという結論に至り、拓也とノゾミは途中まで同行することにした。学校から家までの距離は拓也の方が近かったこと、そして何より、降雪が思った以上に激しくなってしまったのが悪かった。
 ──嫌じゃなければ少し休んでいけよ、とか。
 どこの軟派男かと自己嫌悪に陥る。
 もともと拓也はひどく内向的で、排他的な人格の持ち主だ。自覚しているし、今更真人間になりたいとも思わない。だが美雪と共同生活を送っている内に、自分が少しだけまともになった気がした──人を気遣い、打ち解けることのできる人間になれたのではないかと、思い込んでしまった。
 結果、春代ノゾミは拓也の家で暖を取り──何故かそのまま帰宅しようとはせず、昨日から家主の意向を無視して居座り続けている。本人曰く、降雪の勢いが弱まったら帰るとのことだったが、今のところ天候は拓也の希望を打ち砕き続けていた。せめて親に連絡しろと言ったのだが、両親とはここ数年電話越しですら会話していないらしい。とにかく連絡する必要はないの一点張りで、拓也も他人の家庭環境にまでは深く口出しできず、結果として押し切られる形になった。
 ──俺のせいか。
 自分が大概原因な気もする。頭を抱える余裕もないが、せめて心の中でだけ後悔を増殖させた。意味はないが、居心地の悪さを誤魔化す程度の役には立つ。
 唐突に──ぎしり、と。
 空気の軋む音を、聞いた気がした。
 勿論錯覚だ。錯覚だが、意識してしまった時点で事実になる。
 昨日からほとんど会話らしい会話もしていない美雪とノゾミが、何故か互いに牽制し合うような目付きで睨み合っていた。
「……結構意外だったんだけどさ」
 何かきっかけがあったわけでもなく。
 それまで黙り込んでいたノゾミが、皮肉げな笑みを浮かべて口を開いた。
「……秋川って、ロリコンだったんだ」
「拓さんはロリコンじゃないよ」
 対して美雪が、咄嗟に言い返す。拓也を庇ったというより、自分がロリコンの範疇に入れられたことに対しての反論という意味合いが強い様子ではあったが。
「爛れた生活送ってんねー、ロリ川は」
「変なあだ名をつけるな!」
「だってロリじゃんどう見ても」
「どこを見てロリコンって言ってるのかな!? 私はこれでも脱いだら凄い系だよ!」
「美雪……おまえももう黙っててくれ、頼むから……」
 そんなささやかな希望すら無視されて、美雪とノゾミの言い合いは続く。明らかにこういう場面はノゾミの方が慣れているようで、突っかかる美雪を子供扱いし、あしらっていた。
 ──ああ……。
 胃が痛い。
 美雪とノゾミの間に挟まれて、際限ない胃痛に苛まれて。
 拓也はひたすら、嵐のような時間が過ぎ去ってくれることだけを願っていた。

 世界が滅びるその日まで、あと七十六日。

テーマ : 自作恋愛連載小説
ジャンル : 小説・文学

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プロフィール

神楽坂司

Author:神楽坂司
世界が終わる。
無慈悲に優しく、無造作に哀しく。
無意味に虚しく、無感動に冷たく。
世界は終わる。
終わりの中で初めて紡がれていく、優しくて哀しい人々の絆。避けられない終局を前にしたとき、彼らの選択はこの世界に何を残していけるのだろうか──?

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