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■ 10月27日 ■
 世界は少しだけ平和なまま。
 世界は相変わらず、残酷なまま。
 時計の針だけが、無慈悲に終局の到来が近付いていることを示す。軍用の多人数型テントの中は、相変わらず無数の計器類、配線や電子部品によって支配されていた。日々巨大化していく役立たずの機械は、今はもう完成させようという気すら萎えている。だというのに、一日五分でも作業しないと、どこか落ち着かない気持ちにさせられた。
 ──もう呪われてるようなもんだな、これは。
 自嘲し、持っていた工具を適当に放り投げる。どこかの部品に当たったようだが、今更どうなろうと知ったことではない。どうせ時間だけは無駄に余っているのだから、壊れたら直せばいいだけの話だった。政府はとうの昔にASPEC捕縛など諦めてしまったようで、天使さえ処分し続けてくれるなら無視しておこうという方針で固まったらしい。世論も支持率も気にしなくていいのだから、人権団体に何を言われようがどうでもいいのだろう──今では警察と無駄な撃ち合いをすることもないし、必要であれば天使の目撃情報を提供してもらうことさえあった。
 それでも、過去は過去として色濃く、鮮明に残り続ける。仲間を殺された恨みと、殺してしまった後悔と──混じり合って、もう解きほぐすことはできそうになかった。正面から衝突することもないが、積極的に協力することもない。天使の襲来は急激な積雪量の増加と共に頻度を減らしているため、洋介達は一日の大半を無為に過ごすことが増えていた。警戒と索敵は行っているものの、どちらもあまり実を結んでいるとは言い難い。都内全域を守るほど洋介達に人員が残されているわけではなかったし、そもそも天使による被害は世界中で起きているのだ。
「それでも無駄じゃねえだろ──多分。少しぐらいはさ」
 ──何かの役に立っているはずだ。
 そう思わないと、もう一日だって生きていけそうにない。
 部下達への指示を出そうと、壁にかけられたトランシーバへと足を向けた刹那。
 不意に──洋介さん、とか細い声で呼ばれた。
 振り向き、機械に囲まれた簡易寝台、その上に横たわる少年──だか、少女だか──へと視線を落とす。
「……洋介さん」
「どしたよ、あきちゃん。何か用か?」
「……林檎。食べたいです」
「林檎? ああ、こないだ神崎が差し入れで持ってきたやつか。いいよ、待ってろ。剥いてやるから」
 テントの片隅、備蓄食料が無造作に積まれた一画から、赤い林檎を一つ手に取る。シーツを被り横になったままのあきちゃんを見遣り、できるだけ衝撃が伝わらないよう静かに、寝台の脇へと腰掛けた。腰に括り付けたナイフを取り出し、洋介は慣れた手付きで林檎の皮を剥き始める。
 しゃり──しゃり、と。
 柔らかくも固くもある音が、機械の作動音に混じって溶けていく。
 テントの中に光はない。
 少しでも刺激を減らすため窓は完全に閉め切られ、念入りに遮光素材の布地で覆い隠されていた。
 分厚い布地のせいで、吹き付ける雪風の音も聞こえない。
 微かに漏れ聞こえる静かな息遣いだけが、唯一つの、音。
 大型テントの中に、二人きり。
 静かに、光もなく、林檎を剥いている。
 微かに覗く瞳で、あきちゃんはそれを見詰めていた。
 見詰め、そして一度瞳を閉じる。
 再び双眸が開かれたとき──その目の中には、決意と悲嘆が浮かんでいた。
 静謐な眼差しで洋介を見詰め、厳かに唇を解く。
「ぼく……足の先から。反転が、始まりました」
 ぴたりと。
 本当にそんな音がしそうなほどに強く、洋介は自分の動きが止まったのを感じる。
 意図して止めたわけではなく。
 勝手に止まってしまった。
 いつか来ることだと、覚悟していたはずなのに。
 衝撃で、ナイフを持つ手が震えないようにするだけで精一杯で。
「ここから──反転が、頭に向かって上っていく……そうですよね?」
「……ああ。そこまで進行したら、あとはもう……待つだけだ。十日かそこら──どんなに長くても二十日だな。それ以上は、絶対ない」
「はは……普通、一週間ぐらいでここまで進むから……ぼく、結構頑張った方ですよね」
「……そうだな」
 もう──爪も、腕も、足も、何もかも。
 全身の関節が、全て裏返り、反転してしまった。
 この状態で尚生き長らえてしまうのも、反転病が忌み嫌われる要因の一つだ──醜く変形した人体を、嫌でも見続けなければならない。反転中に発狂する患者や、衝動的に自殺する患者が多いのも、この病気の大きな特徴だった。
 ──だからさ、結構なんて言うなよ、あきちゃん。
 結構などではなく。
 あきちゃんは──世界の誰より、頑張ったのだろうと思う。
 震える手付きで林檎の皮を足下に落としていきながら、洋介はせめて目の奥から滲む痛みだけは抑え込んだ。
 あきちゃんが、頑張ったのだ。
 後はただ、見守ることしかできない。
 後はただ、死に向かっての反転が続くだけ。
 それだけだ。
「洋介さん……」
「何だよ。林檎ならまだだぞ。俺、不器用だから」
「へへ……そうじゃなくって。ちょっと、愚痴っていいですか?」
「いいけど、時給が発生するぞ。俺の給料は国民の血税から支払われてんだからな」
「時給……そういえば、ぼくのお給料って、どこから出てたんですか? ぼく、正式な隊員じゃないですよね?」
「今だから言うが、俺のポケットマネーから捻出してたんだよ。貯金すげー減ったぞ」
「それじゃ時給とられても仕方ないですね……」
 くすり、と弱く笑って。
 閉めきられた窓の向こうに視線を向けて。
 表情を隠して、喉を激しく震わせて──けれど決してテントの外へは漏れてしまわないよう、懸命に唇を噛み締めて。

「……死にたくない……!」

 あきちゃんは、呟いて、泣いた。
「死にたくないよぉ……うあぁっ……死にたくない、死にたくない、死にたくないぃっ……!!」
「……あきちゃん」
「辛いのは……苦しいのは、嫌だよぉっ……何でぼく、こんなふうに死んでいかなきゃいけないんですか──何でぼく、みんなと一緒に終局まで生きていられないんですか!? みんなと一緒なら怖くないって思ったのに、みんなと一緒なら綺麗な気持ちのまま死んでいけるだろうなって思ったのに! ぼく一人だけ先に死ななくちゃいけないなんて、そんなの嫌ですよぉっ……!!」
「……あきちゃん──」
 そっと。
 頬を撫でて、溢れる涙を拭って。
 絶対に自分だけは泣かないようにしようと心に決めて。
 抗うことのできない死に苛まれる、大切な人を前にして。
 洋介はただ、あきちゃんの体を静かに抱いた。
 全身の関節が反転した、か細い体を、痛まないように抱き締めた。
 それ以外に、何もできない。
 それ以外に、何ができるというのか。
「……俺が、側にいてやるよ。せめて──あきちゃんが死ぬ寸前まで、俺が一緒にいてやる。泣くなとも、笑えとも言わない。ただ、側にいる。それに……俺達だって、いっつもギリギリだよ。死にたくない。死にたくねえんだ、俺達みんな。何で天使なんかと殺し合いしなきゃいけねえんだ、家族とか恋人とか友達とか、そういう人達のところに何で帰れねえんだって、いっつも思ってる。あきちゃんだけじゃねえ。俺達はみんな、弱いんだよ。弱いから、死ぬのが嫌で、死ぬのが怖くていいんだ。いいんだよ、あきちゃん──」
 ──せめて最後の瞬間は。
 ──俺が、見守っててやるから。
「だから、泣き言でも何でも言えよ。時給もいらないし、そのための時間なら幾らでも割いてやる。天使が襲ってこようが終局がいきなり前倒しになろうが、絶対に……あきちゃんが死ぬときは、俺の目の前だ」
「……洋介さん。洋介さん──洋介さん」
「大丈夫だよ。安心しろ。おまえが一人で死ぬことは絶対にないから。俺がずっと一緒にいてやるから。何か……アレだな、ホモくさいけどな?」
「……ホモ、になるんですか?」
「いや普通にホモだろ俺ら。もとが男同士だし?」
「……そうですね……」
 だからそっと、
 唇を重ねて。
 それだけが、今は真実。
 それだけが、今の真実。

 世界が滅びるその日まで、あと七十三日。

テーマ : 自作恋愛連載小説
ジャンル : 小説・文学

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プロフィール

神楽坂司

Author:神楽坂司
世界が終わる。
無慈悲に優しく、無造作に哀しく。
無意味に虚しく、無感動に冷たく。
世界は終わる。
終わりの中で初めて紡がれていく、優しくて哀しい人々の絆。避けられない終局を前にしたとき、彼らの選択はこの世界に何を残していけるのだろうか──?

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