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■ 11月7日 ■
 どうしても守りきれないものはある。
 たとえば、約束。
 守れない約束ならするんじゃない、と昔父親に叱られた覚えがあった。だとすれば、美雪はあんなにも重く押し潰されそうな悲しみの中で、それでも自分なら守れると思って約束をしてくれたのだろうか──この残酷に世界でする、最後の約束を。不幸と悲しみの存在を、拓也の周囲に許さないと、そう誓ってくれたのだろうか? 到底無理だとわかっていたはずだ──これから先、終局が近付くにつれて、世界は一層悲惨に変形していくのだろう。直感ですらない、肌感覚でそれがわかる。
 それでも。
 きっと美雪は本気だったのだろう。少なくとも拓也は彼女の言葉を信じた。
 ならば──彼女もまた、拓也を信じてくれるだろうか?
 嘘を吐くけれど。
 それは決して、美雪を悲しませるための嘘などではないということを。
 気付かない振りをしてくれるだろうか。
 折れた腕は添え木で固定し、包帯を巻いて三角巾で吊っている。
 だがあくまでそれは形だけのもので、左腕の痛覚は完全に麻痺していた。触覚はある──布地が触れているという感覚はあるし、常時肘を折り曲げている不便さもわかる。ただ痛みだけがストローで吸い取られたかのように、綺麗に消え失せていた。
 それが痛み止めの薬によるものではなく、終局によって引き起こされた何かであることも──はっきりと、理解していた。
 ──気付かないでくれよ。
 自分の身に起きていることを。
 自分の身にこれから起きていくことを。
 気付かれないように祈りながら、拓也はゆっくりとリビングのドアを押し開けた。
「あ、拓さん!」
 喜色満面の笑みと共に顔を上げて、美雪が嬉しそうに声を弾ませる。ソファに座り読んでいた雑誌を放り出して、小走りに駆け寄ってきた。ずっと引き籠もっていた同居人が部屋から出てきたことが、無性に嬉しくてたまらないらしい──それがハピネス症候群の症状なのか、それとも一緒に過ごしてきた時間によるものなのか。どちらだったにせよ、まず拓也は一安心した。美雪の悲しみと苦しみを一つ、取り除いてあげられたのだから。
 妙に高揚した様子で、美雪は無意味に飛んだり跳ねたりしながら聞いてくる。
「心配してたんだよ? 具合悪かった?」
「……あぁ、そうかも。何かだるくてさ、やっぱ骨折ったから熱でも出たのかなーと思って。一日寝てたんだよ。返事できなくてごめん。用事とかあったんだろ?」
「ん? ううん、別に用事とかはないよ。ただ、返事がないから心配してただけ。色々あったから、落ち込んでるのかなって」
「そりゃあ、まあ、落ち込んでるのは確かだけど」
 苦笑し、眉根を下げる美雪の髪を緩く撫でる。
 ──心配かけたな。
 悪かった、と小さく頭を下げると、拓也は大きく欠伸をした。自分で吐いた嘘に呆れる──ずっと寝ていたどころか、一睡もできなかったのだから。瞼を押し下げようとする眠気に抗いながら、拓也は再び込み上げる欠伸に耐えた。ふぐう、とおかしな声が喉から漏れる。咳か何かだと勘違いしたのか、美雪は心配そうに渦巻き模様の瞳をぐるりと回転させてみせた。
「拓さん、風邪気味なら無理しちゃ駄目だよ。にんにく食べてちゃんと寝るんだよ?」
「……何かさ、おまえって、時々すげぇババアみたいなこと言うよな……」
「あっ、人が心配してあげてるのに、そういうこと──」
 言葉の途中で、渦巻き模様が再びくるりと回転する。
 美雪は、拓也の頬に見慣れないものを見つけた──大きめのガーゼが二重に貼り付けられている。
「……拓さん、ほっぺた、どうしたの?」
「ん? ああ、こないだ取っ組み合いしたとき、引っかかれたみたいでさ」
「そっか……大丈夫? 膿んだりしてない?」
「大丈夫だけど、まあ心配っちゃ心配だからさ。念のため薬塗って、ガーゼしといただけだよ」
「そうなんだ。あんまり痛くない?」
「痛かったらこんなにお喋りしてられないだろ」
 気の抜けた笑顔を浮かべ、拓也は片手でぽんぽんと軽く美雪の頭を叩く。
 ──できない約束なんかしない。
 嘘を吐くことになっても。
 それでも、美雪と交わす約束を破りたくないと、心から思った。
「なあ、美雪──終局の日になったらさ。ラーメン食おうぜ。カップラーメンでもいいからさ。二人で並んで座って、終局なんだぞ、最後の晩餐がこれかよって笑いながら、そうやってラーメンを食べよう。もし俺にできる約束があるとしたら──この世界に残せる約束があるとしたら、精々このぐらいのもんだけどさ──」
 ──それで、いいか?
 問いかけに。
 渦巻き模様が、くるくると回る。
 こくん、と大きく首を縦に振って、美雪は満面の笑みで応じてくれた。
「──うん。終局の日まで一緒にいてくれるんでしょ? だったら私は、拓さんがしてくれる約束の中で、それが一番嬉しいよ」
 できない約束なんかしない。
 だからそれは、できない約束なんかじゃないのだと信じて。

 世界が滅びるその日まで、あと六十二日。

テーマ : 自作恋愛連載小説
ジャンル : 小説・文学

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プロフィール

神楽坂司

Author:神楽坂司
世界が終わる。
無慈悲に優しく、無造作に哀しく。
無意味に虚しく、無感動に冷たく。
世界は終わる。
終わりの中で初めて紡がれていく、優しくて哀しい人々の絆。避けられない終局を前にしたとき、彼らの選択はこの世界に何を残していけるのだろうか──?

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