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■ 11月15日 ■
 どこからか声が聞こえる。男でも女でもない、機械で合成したような声。抑揚がなく音程もない、平滑な声だった。もちろん拓也にはそれが幻聴だとわかっていた──頬の棘が飛び出し、左腕から無数の機械部品が溢れ出すようになってから、ずっと聞こえ続けていた幻聴だった。拓也の願望を投影したものかもしれないし、全く無意味な妄想の産物かもしれない。だが少なくとも、これは何らかの奇病によるものでないという確信だけはあった。
 幻聴だ。
 幻聴か──もしかしたら本当に、神様が話しかけてきているのかもしれない。
「……妄想も、そこまで行けば病気みたいなもんだけどな」
 自虐的に笑い、拓也は自分にしか消えない声に耳を澄ませた。内容はいつも同じだ──問いかけ、そして、答えを待つ。拓也が何も答えない限り、延々と同じ問いを繰り返した。一度も答えたことはないので、もう何千回同じ問いを受けたかもわからない。何千回無視しても、声の主が諦めることはなかった。
 ──あなたは。
 ──あなたの世界を救えますか?
「……俺にできることか。そんなことが──そんな程度のことが」
 左腕を押さえる。
 溢れ出した鉄は左半身を浸食し、意識を混濁させていた。時間の感覚も消え去ってから久しい。過去と未来の区別がつかない──あらゆる感覚がない交ぜになり、鈍麻していく。聴覚は既に何の役にも立たない代物と成り果てていた。今聞こえるのは自分の声と、絶え間ない幻聴ぐらいのものだった。他には何も聞こえず、何を聞くべきなのかもわからない。
「……俺は」
 ──あなたの世界を救えますか?
 繰り返される問い。無視し続ける問い。
 何もわからない。
 何もできないかもしれない。
 ただ──拓也は、美雪ともっと一緒にいてやりたいだけだ。
「……俺の世界?」
 ──あなたの世界を、救えますか?
 この世界ではなく。
 秋川拓也の世界を、救うだけならば。
 それだけならば──。
「……目が」
 目が覚めた──意識を覆っていた霧は一瞬で晴れ、間断なく全身を襲っていた痛みも急激に引いていく。頬から突き出ていた棘は体内に埋没していき、左腕から生えていた無数の鉄もまた、逆再生のように傷口から体内へと戻っていく──傷跡は瞬く間に塞がり、拓也は自分が正しい五感を取り戻したことを悟った。
 同時に、自分の肉体が以前とは明らかに異質なものに変容してしまったことも認める──左手を伸ばし、壁に向けられた掌から、ゆっくりと鉄の刃が迫り出してきた。鉄釘と鋼線に飾られた、不格好な刃。皮膚は裂けているはずなのに痛みはなく、血の代わりに黒いオイルのようなものだけが少量こぼれる。
 刃を再び体内に仕舞い込み、拓也は何度か両手の指を閉じては開き、開いては閉じるを繰り返した。以前と変わらない神経、以前と変わらない感覚がそこにある。
 ただほんの少しだけ、関節が軋む気がした。
 昔見た映画の主人公みたいだな、と苦く笑う。ロボットになった警官の話。外見がまだ人間の形を保っていられるのだから、自分はまだましな方だと思えた。掛け値なく、冗談でもなく──人間の形のまま、美雪の側にいられることの幸せを噛み締める。
 鏡を見た。
 特別な変化があったわけでもなく、相変わらずどこか寝ぼけたような顔が映っている。
 これでいい。
 突然白馬に乗った王子様になったり、正義のヒーローになったり──そんな変化は願い下げだった。
 秋川拓也は秋川拓也のまま、後悔や嫉妬、失望や落胆、悲哀や欲に塗れて生きていく。
 人間として、生きていくのだ。
「俺の世界だもんな。人間の世界に決まってるよ」
 世界は無数に重なっている。
 個人個人の世界があり、拓也に救えるのは精々自分とあと一つの世界で精一杯だ。
「だから……戻らないとな。ちゃんと、人間の世界に」
 ――美雪のやつ、コーヒー買っといてくれたかな?
 何故か、最初に思い浮かんだのはそんなことだったけど。
 部屋から出るための一歩を踏み出す。
 鉄の病気に冒された患者としてではなく、
 どこにでもいるひねくれた子供の一人として。
「拓さん!」
 秋川拓也は、自分の住む世界へと戻ってきた。
 そこがどんなに辛い場所ではあっても、自分の世界からは逃れられない。
 そこがどんなに苦しみに満ちていても、自分の世界は自分にしか救えない。
「よ、美雪……コーヒー買っといたか?」
 ──あなたは、
 ──あなたの世界を、救えますか?
「ああ、救えるよ。知之が先生を救ったように、先生が知之を救ったように。俺は美雪に救われたから、美雪の世界は俺が救うさ」

 世界が滅びるその日まで、あと五十四日。

テーマ : 自作恋愛連載小説
ジャンル : 小説・文学

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プロフィール

神楽坂司

Author:神楽坂司
世界が終わる。
無慈悲に優しく、無造作に哀しく。
無意味に虚しく、無感動に冷たく。
世界は終わる。
終わりの中で初めて紡がれていく、優しくて哀しい人々の絆。避けられない終局を前にしたとき、彼らの選択はこの世界に何を残していけるのだろうか──?

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