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■ 11月16日 ■
 ごうごうと。
 燃え盛る火炎が夜空を焼く。
 無意味に明るい星の光が不愉快だった。手の届かないところでいいご身分だ、と皮肉にもならない心地で毒突きながら、洋介は無意味とわかって巡視を続けている。うずたかく積み上げられ、油をまかれ焼かれる死体達は、全てまだ『生きていた』ものだ──頭部を破壊してもまだ動き回るほど死体活性化症候群が進行してしまったものか、既に四肢を吹き飛ばされて藻掻くしかないものか。彼らは怨嗟の声を上げるでもなく、苦悶に身を捩るでもなく、ただ無意味な筋肉の蠕動だけを続けている。死体だから痛みを感じることはないし、熱によって気道を焼かれたところで呼吸困難になるわけでもない。
 ただ、皮が剥げ、肉が炙られ、骨が焦げるだけ。
 焼かれて灰になっていくだけだ。
 肉の焼ける悪臭が鼻を突く。
 特にひどいのは、髪の毛が焼ける臭いだった。
 今更特別なことでもなかったが──それでも、不快になるのはしかたがない。
「隊長、とりあえずこの辺の死体は全部処理しましたよ。ゾンビも首吊りも、どっちもまとめてだから、かなりの重労働だったんすよ?」
「俺達に労働三法は適用されねえよ。お疲れさん、で済ませてやるから、納得しとけ」
「自衛隊って超ブラック企業だったんすね……」
「辞めるか? 止めねえぞ」
「今辞めてどうするんすか。それこそ天使かゾンビに食われるだけでしょ」
 嫌なこと言わないでくださいよ──とぼやいて、青年は灯油をまく作業に戻っていった。万が一にも燃え残った場合、またそこからゾンビ化の感染が爆発的に広がることになる。高梨とか言ったか、あの青年は、口先とは裏腹に、存外真面目に任務に取り組んでいるようだった。少なくとも重要性は理解している。
 ──まだ頭がまともだってことだ。
 それだけ貴重な人材でもある。
「あいつにとって俺がどうなのか……まともに見えてるのか、それとも──」
 ──こいつらと一緒の扱いか。
 灯油に塗れ燃やされている、死体の山と同じに見えているのだろうか。そうだとしても不思議ではなかった。最早政府のバックアップもなく、市民団体の虐殺以後は本体からの支援も望めない。まともな食糧確保もできていない状況で、未だに天使とゾンビを殺し回る命令を下し続けている自分が蛇蝎の如く嫌われていたところで、おかしなことは何もないだろう。自分だったら、死んでもそんな上官の下では働きたくない。
 他愛ない物思いに耽る間にも、大規模な火葬はつつがなく進行していく。逃げ出すゾンビがいないか巡視を続ける洋介の側に、のんびりした歩調で別の部下が近付いてくる。こちらの名前は確か、細河とか言ったか。間違っていたとしても、何も感じないが。
 ひげ面の、熊のような大男は、しかし意外に純朴そうな小さい瞳を何度も瞬かせている。飛散する灰が目に入ったのか、それとも死者を悼んでいるのか──細河は、妙に間延びした口調で話しかけてきた。
「隊長──ねえ、でも、不思議じゃあないですかね。何だって、集団で首なんか吊ったんですかね? 新しい病気でしょうか」
「さぁな。俺が知るかよ。つうか、もう何が起きても不思議じゃねえだろ。天使だけならまだマシだけど、今度はゾンビだぞ、ゾンビ。こんなもんが平気な顔してほっつき歩いてんだから、不思議もへったくれもあったもんじゃねえさ」
「それはまあ、そうですけど……世界の終わりって、何だか悲惨なんですねえ」
「幸せ一杯だと思ってたのか?」
「そういうわけじゃあないですけどねえ」
 ──俺は、幸せ一杯なもんだと思ってたよ。
 心の中で呟いて、洋介は燃え盛る死体の山を睨んだ。
 何故、首を吊ったのか?
 それこそ街一つが滅ぶ規模で自殺しなければならなかったのか?
どれだけ考えたところで、真っ当な理由に辿り着ける気はしなかった。
「……わっかんねぇな」
 隊員達は揃って複雑な表情で、この異様な光景に見入っていた。
 何もわからない。
 何もわかりたくない。
 この死体の山について何一つ考えたくない──そんな表情。
 機関銃だけが唯一の頼りだというように、皆強く抱えて離そうとしない。弾薬の補給もない以上、弾切れの危険性を目前に控えてはいるものの、この兵器は隊員達にとって武器以上の価値を持ち始めていた。一言で言ってしまえば、心の拠り所といったところか──わからなくもない、と洋介はいささか滑稽に思いながらも理解は示していた。
 結局のところ、人間は何かに縋らなければ生きていけないのだ。神に頼れないことが確定してしまったこの終局で、人殺し達が最後に縋るのは、これまで何度となく人の命を散らしてきた兵器そのものだった。
 ──揃いも揃って、どうしようもねえ。
 自分も含めて、人殺しのクズばかりだ。
 可笑しさに喉が震える。
 中学生のキャンプファイヤーのように、猛然と隊員達の顔を、何とはなしに見遣り。
 洋介は──、

「……おまえ、誰だ?」

 一人の青年に、そう尋ねる。
 記憶が。
 霞がかったように、輪郭を朧気なものにしていく。
 自分が曖昧になっていく恐怖が、皮膚と肉の隙間にねじ込まれた。
「……隊長?」
「──おまえ……誰だ?」
「隊長!!」
 見知らぬ青年が叫ぶ。
 何で自分達と同じ装備をしているのか? 天使を殺すために発足したこの部隊は、自衛隊の中にあっても特別に重武装だ。そんな装備が許された部隊員など他に聞いたことはないし、間違っても民間人が揃えられるような代物でもない。
 そもそも──隊長と。
 何故隊長と呼ぶのか。
 他の隊員達は、皆不思議そうな表情でこちらを見詰めている。
 全員同じような顔だった──魂が抜け落ちたかのような、感情の浮かばない顔。
「ちょっと──止めてくださいよ! 隊長!!」
 隊長。
 そう呼ばれるべきは自分だ。
 人殺しの部隊を率いる自分だ。
 自分──蓮川洋介は、天使化症候群罹病患者殲滅部隊の、隊長だ。
「俺は……そうだ、隊長だ──おまえ達の。指揮官、だ」
 そうだ。
 自分が指揮官ならば、この男は部下だ。
 命じられるままに人を殺す、人殺しの仲間だ。
「──渋澤」
 その場にいた全員が。
 ゆっくりと、感情を取り戻していく。
 氷が溶けるように、緩慢に。
「悪い──気にすんな。冗談だ」
 目を合わせられない。
 ──この男は、俺の部下だ。
 そのはずだ。
「隊長……」
 何故、誰も彼もが首を吊ったのか。
 街ぐるみで自殺しなければならなかったのか?
 ──誰にも気付かれない、省みられない──だからか?
 ──だから……まさか、みんな。
「……だったら──俺達もか?」
 燃え上がる炎は何も語らず、ただ死臭だけを夜空に撒き散らす。

 世界が滅びるその日まで、あと五十三日。

テーマ : 自作恋愛連載小説
ジャンル : 小説・文学

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プロフィール

神楽坂司

Author:神楽坂司
世界が終わる。
無慈悲に優しく、無造作に哀しく。
無意味に虚しく、無感動に冷たく。
世界は終わる。
終わりの中で初めて紡がれていく、優しくて哀しい人々の絆。避けられない終局を前にしたとき、彼らの選択はこの世界に何を残していけるのだろうか──?

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