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■ 11月20日 ■
「……あの、美雪って女の子。一人にしていいの?」
「ああ。一応、俺が帰るまでは家から出るなって言ってあるしなあ。友達の家に行くって言い残してきたから。何か、すげえ顔でクロスワード解いてたから、大丈夫だろ」
 自分でも意味のわからない理由を付け足して、拓也は飲みかけのコーヒーを僅かに口に含んだ。酸味と甘味が熱を伴い舌に広がる──と言えるほどの食通であるはずもなく、砂糖が入ってないとこんなに不味いのかと感心した程度だ。
 ノゾミの部屋で、二人向き合ってぼそぼそと話し合う。声を潜める必要もないのだが、何故か気付くと小声になっていた。何となく、とてつもなく悪いことをしているような気分だったのだ。
 ──相談に乗ってるだけだからな、俺は。
 自分に強く言い聞かせる。春代ノゾミを襲った病魔──忘却病とでも呼ぶべき奇病は、感染者の存在が、次第に周囲の記憶から消えていくというものだった。最終的には存在そのものを忘れられ、どれだけ話しかけても、触れても、殴りつけても気付かれなくなる。ノゾミは既にかなり症状が進行しているようで、拓也以外ほとんどの人間の記憶から消えてしまったらしい。
 何故拓也だけは相変わらずノゾミの存在を記憶しているのか。
 さして親しかったわけでもなく、長い付き合いだったわけでもない。
 どれだけ考えても答えなど得られないことは知っていたので、偶然という言葉で全て誤魔化すことにした。恐らくそれ以上の理由もないだろう。拓也は自分が特別だとは思っていなかったし、世界の主人公であるとも思っていなかった──ただの平凡な学生で、子供で、どこまでも普通の人間だ。
 特別ではないから。
 同じく、特別ではないノゾミの悩みを聞いていられる。
「……秋川はさ」
「ん?」
「……何でもない」
「そっか」
 あっさりと納得して、再びコーヒーを啜る。ノゾミも奇病に感染したことでショックを受けているのだろうし、そうでなくても自分に話したくないことなど幾らでもあるだろう。無理に聞き出そうという気にはなれない。そこまで拓也は無神経ではないつもりだった。
 熱く苦いコーヒーを啜る、間の抜けた音だけ室内を満たす。
「……秋川」
「とりあえず言っとくけど、怒るなよ、春代。おまえが何でもないって言ったんだぞ」
「怒る前に言わないでくれる!?」
「ほら、怒った……だから嫌なんだよ」
「ああ、もう──この……」
 怒ったような、
 泣いているような、
 そんな顔で。
 ノゾミは俯いて、掠れた声で囁いた。
「……ごめん、秋川」
 ──頼っているのだろう。
 忘れられて。
 誰からも顧みられず。
 帰宅すれば、両親も妹も失踪していた。
 そんな状態で、これまで気丈に振る舞っていられたことこそ奇跡のようなものだ。
 抱きついて、縋って、せめて忘れられたくないと願うぐらいは、当然なのだろうと思う──拓也の緊張と、どうしようもない罪悪感さえ除けばの話ではあったが。
「ごめん──ごめん秋川。少しでいいから、黙ってて。このままで、静かにしてて」
 言われた通り、声には出さずに頷く。その気配が伝わったのか、ノゾミもまた満足げに首を小さく縦に振った。
「ごめん、秋川……ごめん。どうせ今日だけだから。どうせ……私、こんなふうなの、今日だけだからさ」
 ──今日だけだから。
 涙声。表情は見えない。
 だから──拓也は、そのときのノゾミがどんな顔をしてその言葉を告げたのか、最後まで推し量ることしかできなかった。

 世界が滅びるその日まで、あと四十九日。

テーマ : 自作恋愛連載小説
ジャンル : 小説・文学

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神楽坂司

Author:神楽坂司
世界が終わる。
無慈悲に優しく、無造作に哀しく。
無意味に虚しく、無感動に冷たく。
世界は終わる。
終わりの中で初めて紡がれていく、優しくて哀しい人々の絆。避けられない終局を前にしたとき、彼らの選択はこの世界に何を残していけるのだろうか──?

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