「よう。生きてるか?」
頭上から降りかかる声。
胡乱に頷いて、拓也はゆっくりと目を開いた。電信柱を背に座り込み、そのまま眠ってしまったらしい──全身雪が降り積もり、感覚が麻痺するほどに冷え切っている。よく死ななかったものだと自分でも感心した。少しずつ呼吸の速度を取り戻していきながら、声をかけてきた相手を見上げる。
自衛隊の格好。制服というのかどうかは知らないが、とにかくそんなものを着込んでいる。手には戦争映画で見るような機関銃を持っていた。銃口はぴたりと拓也の額を狙っている。もし本当に死んでいたら、すぐさまゾンビ化する可能性があるのだから、当然のことだと思えた。狙われているのが自分の命だったとしても、拓也は特に驚きも困りもしない。一応声をかけてくれたのだから──そして律儀なことに、生存確認が終わるまで頭を吹き飛ばさないでおいてくれたのだから──それ以上の幸運を望むのは強欲に過ぎるというものだろう。
声を出そうとしたが、喉が貼りついて声が出ない。仕方なく、口の動きだけで自分がまだ生きていることを伝える。応答があったことで安心したのか、声をかけてきた青年は気怠げな動作で銃を構え直した。何十キロあるのか知らないが、いかにも重厚な外観の機関銃を片手で軽々とぶら下げて、覇気のない眼差しを向けてくる。
こんな状況なのだから当然の話ではあるのだが、彼もまたやつれていた。頬がこけている。指は骨張っていて、もう何日も食事をしていないような印象を受ける。印象ではなく事実だったとしても、やはり拓也は驚きも困りもしない。自分だって似たようなものだった。
「……あなた、誰ですか」
「死神さ。地獄じゃみんながお待ちかねだぜ」
「……知之もですか。先生も、宗二郎さんも千秋さんも、ノゾミも。みんな地獄にいるんですか」
「ああ、あいつもこいつも言ってたよ。できるだけ遅く来いってな」
吐き捨て、青年は乱暴に拓也の腕を掴んだ。片手で──しかも痩せこけた外見からは想像できない力で、無理矢理に雪の中から引きずり起こされる。
「くだらない冗談に付き合う元気もないか。若いんだろ。余裕持てよ」
「──俺、人を殺したんです」
「今時珍しくもない話だけどな。誰を殺したって?」
「春代ノゾミ。友達でした」
「そうか。俺は恋人を二回も殺したよ。俺の部隊の連中だって、みんな似たようなもんだ。恋人を殺した奴もいれば、親兄弟まとめて殺した奴もいる。自分の子供を殺した奴だっているさ。さっき言ったばっかりじゃねえか──今時珍しくもない話だけどなって」
ぼさぼさに跳ねた髪を撫でつけ、自衛隊の格好をした男は不機嫌そうに拓也を見下ろした。苛つくでもなく、ただ癖のように片膝を揺すりながら平坦な言葉を続ける。
「俺は恋人を殺して、おまえは友達を殺した。どっちが辛いとか、そんな話じゃない。どうせ世界は滅ぶんだから、もし本当に天国か地獄で会えたなら、そこで謝れば済むだけの話だろ」
「……天国も地獄もなかったら。そのときは、どうするんですか」
「謝る手間が省けてラッキーじゃねえか」
早口でそこまで言い切って、青年は強く雪を踏みつけた。
「あのな──悪いことは言わないから、さっさとおまえは家に帰れ。帰る家がないんなら、そういう奴ら同士で集まってる避難所だかシェルターだかがあるから、そこに行けよ。そんで、じっと黙って隠れてろ……そろそろ死体の群がこっちに来るからな。俺達は一応防衛戦をやってはみるが、どこまで保つかはわかんねえ。燃やしても燃やしても、ゴキブリみたいに湧いてきやがるからさ──」
──だから、家で隠れてろよ──。
「──運が良ければ、助かるだろ。俺も、ついでにおまえもな」
「……あなた、本当に誰なんですか」
「ASPECの隊長だよ。まさに死神みたいなもんだろうが」
世界が滅びるその日まで、あと四十七日。
テーマ : 自作恋愛連載小説
ジャンル : 小説・文学