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■ 11月27日 ■
 アスファルトを踏む音に耳が痛んだ。軍靴の底はとうに磨り減り、まともな機能を残していない。特に気に障るのは静音性が失われたことだった──砂利でも踏もうものなら、瞬く間に死体どもを呼び集める羽目になってしまう。ほとんど腐敗し、神経も断裂しているようにしか思えなかったが、不思議と活性化した死体達は五感に優れていた。
 ──羨ましい話だよ。
 毒突き、歩みを進める。定時の巡回任務を終え、臨時拠点へと向かう途中だった。足は痛み、胸のむかつきは最早どうしようもないものになっていたが、何をどうすれば治るのか、洋介には見当もつかない。食事は満足に喉を通らず、少し水を飲んだだけで壮絶な吐き気に襲われた。瞳は淀み、視界はいつでも定まらない。こんな有様になってから鏡を見ることもなくなったが、きっとひどい形相をしているのだろうと思う──それこそ化け物か、幽霊のような顔をしているのだろう。隊員達は滅多に話しかけてこなくなった。
 街の彼方を見通す。道路の行く先、建物の連なる突端。終わりなく都市が続いていく。建物は墓標のように林立し、隠れ住む生存者達の姿を見出すこともできない。ちらつく雪は靄のように街を覆っていた──雪の壁に阻まれ他の都市から隔絶したのだと言われても、今の洋介は何の疑問もなく信じただろう。
 疲弊しているからではない。
 信じたかったからだ。
 何か一つぐらい、確かなものに縋りたかった。
 機関銃を構え、機械のような動作で首を巡らせる。いつ天使やゾンビに襲われてもおかしくない──死にたくないわけではないが、だからと言って無駄死にしたいわけでもなかった。物陰に潜む気配にまで注意しながら、ゆっくりと、倦み疲れた足取りで移動していく。
 どれだけ歩いたのか──時間の感覚さえ薄れていたが。
 行く先に、部下の姿を発見した。
 向こうも視界の悪い中、懸命に誰かを探していたらしい。しきりに咳き込みながらも、目だけは落ち着きなく動かしている。軽く手を振ってやると、洋介の存在に気付いたようだった。それこそ幽鬼でも発見したかのような表情になり、そしてすぐに安堵の笑みを浮かべる。どういった感情の変遷があったのか、洋介に推し量る術はなかった。
 雪の積もった路上に寝そべり、破けた腹から腸が飛び出そうとするのを懸命に自分の手で押さえている部下の気持ちなど、理解できるはずがない。
「……隊長──」
 声が。
 腐った鼓膜にも、声が聞こえた。
 聞こえたのだから、答えなければならない。冷たく動かない感情の波は未だ振幅しないまま、作業のような感覚で屈み込み、手を伸ばして首筋に触れる。まだかろうじて脈は保っているようだったが、限りなく弱まってもいた。どれだけ治療しようが、きっと間に合わないのだろう。傷口は冷気に晒され、溢れる血液すらうっすらと凍り始めていた──本来あり得ることではないのかもしれないが、そういったことも起きるのが終局の世界なのだろう。
 ──終局か。
 絶対の終わり。
 目指すべきゴール。
 そこまで辿り着ける自信も、既に失いかけていたが。
「よう……どうだ、まだ生きてるか」
「日頃の……行い、っスかね。まだ……何とか。ぎりぎり──ですけど」
 動き回る死体や天使。
 そういった、普通ではないもの達との戦い。
 機関銃で薙ぎ倒し、全て焼き尽くす戦い──かつて自分達と同じように生きていた人間達との戦い。
 その終端に、今この部下は立っている。
 洋介の胸の奥で、何かが震えた。
 もう、何のために戦っているかはわからない。
 ただ、明日まで、さらにその明日まで生きていたかった。
 世界最後の夕焼けが見たい。
 そう思った。
「隊長……俺、家に帰りたい──お母さんに」
 ──会いたいです。
 樋口。
 確かそんな名前だったはずの青年が、泣いていた。
 泣きながら、血を吐いて死んでいこうとしている。
 そんな青年に、最後に何を告げるべきなのか──洋介は迷った。慰めか。励ましか。今まさに死のうとしている人間に対して、そんな騙すような言葉を残していいのか。
 わからない。
 わからなかったから、洋介は、どこまでも残酷な現実を伝えることにした。
 恨まれるかもしれない──憎まれるかもしれない。
 だが、きっと樋口は悔いを残さず死んでいけるだろうから。
「なあ樋口。言ったことなかったと思うけど……俺さあ、月島の生まれなんだよ」
 疲弊し、水気のない声で話す。
 樋口は泣いている。
 泣きながら死んでいく。
 洋介は既に樋口を見ていなかった。憎らしい空を見上げ、歯噛みしながらも言葉を継ぐ。
「さっき、生き残ってるラジオ局がな。言ってたんだ。月島、もう全滅だって。避難所まで襲われたんだってよ。ゾンビと天使しかいないんだとさ──なあ樋口。俺の生まれた街も、俺の家族も、もうどこにもないんだってさ」
 吹き付ける冷気に震える。
 涙すら容易く凍りついていく。
「もう──俺達に帰る家なんかねえよ、樋口」

 世界が滅びるその日まで、あと四十二日。

テーマ : 自作恋愛連載小説
ジャンル : 小説・文学

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プロフィール

神楽坂司

Author:神楽坂司
世界が終わる。
無慈悲に優しく、無造作に哀しく。
無意味に虚しく、無感動に冷たく。
世界は終わる。
終わりの中で初めて紡がれていく、優しくて哀しい人々の絆。避けられない終局を前にしたとき、彼らの選択はこの世界に何を残していけるのだろうか──?

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