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■ 11月28日 ■
 とてつもなく遠い空の果てに、大切なものが吸い取られていく。
 そんな気がして、拓也は思わず身震いしていた。寒気よりも怖気が勝る。純白が全てを覆い隠してくれるはずの世界でも、死体が吐き出す血の赤だけは嫌味なほどに鮮烈だった。どれだけ分厚く積もった雪も死臭まで隠せるものではなく、黙って立っているだけでも胸がむかつき、吐き気を誘う。膨張した死の気配は逆に現実感を失って、どこか作り物めいた嘘臭さがあった。
 砕けた頭蓋、転がる眼球、吹き飛ばされた左腕、分断された上半身と下半身──溢れた内臓、引きずり出された腸、無残に突き出た骨、散らばる肉片。スプラッタ映画そのままの光景は、見る者の神経を容赦なく抉り、削ってくる。半ば意識的に感情を鈍麻させて、拓也は美雪を自分の背中で隠した──彼女が全てを幸せだと感じる人間だったとしても、この光景を見せていい道理はない。
 白が舞い降り、赤を隠して。
 隠しきれない赤が、両眼を灼く。
 肌に感じる冷たさが気温によるものか、それとも形容しようのない恐怖によるものなのか、拓也には区別がつかなかった。死体などとうの昔に見慣れたと思っていたが、ここまで無残に破壊され、しかも大量に放置されているのを見ると、さすがに心の表面がざわつく。この有様を見ているだけで、一秒ごとに人間性をやすりで削られている気分だった。
「……何だかもう、ひどいな。滅茶苦茶だ」
 街角を埋め尽くす死体の山。
 鼻を刺す激臭は耐えがたいほどの代物だった。通り抜けようにも、それこそ足の踏み場もない──どこに足を置いたとしても、必ず人体の一部を踏みつけることになる。死体を集めてバリケードを作ったのだと言われても、拓也は素直に信じただろう。物理的にも心理的にも、この壁を乗り越えて歩いて行く気にはなれない。
 美雪と二人で立ち尽くし。
 拓也は、鈍い溜息をついた。
「まあ……何でこんなことになってんのか、わかんないけどさ。ここまで滅茶苦茶だったら、さすがに復活してゾンビ化ってのも無理だろ。普通に死ぬしかないよな」
「……拓さんは、いつでも冷静だね……」
 美雪のか細い声が聞こえる。振り向けば、瞳の中の渦巻き模様をぐるぐると回しながら、何とか口許を押さえて嘔吐を堪えている様子だった。慌てて元来た道を引き返し、死臭も感じられなくなった辺りで立ち止まる。冷たいブロック塀に寄りかかる美雪の肩を右手で抱いて、拓也はできるだけ彼女の精神を刺激しないように話しかけた。
 小声で、しかし聞き逃すことがないように強く。
「帰ろう、美雪。帰ってクロスワードの続きやろう」
「拓さん──でも、ご飯の材料、取りに行かないと……」
「状況見ろ。どう考えても食料なんて残ってねえよ。ていうか食欲すら残ってないし」
「それはそうだけど……じゃあ、もう帰っていい?」
 ──あそこに戻らなくてもいい?
 聞かれて、深く頷く。
 言われなくても、あんな死体の山を見せつけるつもりは二度とない。
 ──本当に。
 何があったのかと想像する。
 活性化死体症候群──俗称ゾンビ病で蘇った死体達と、かろうじて命を繋いでいた生存者達が衝突したのか。それとも、ついに死体同士の共食いでも始まったのか。先日出会った自衛隊員の青年が奮闘したのかもしれないが、何となくそれは違う気がした──彼は確か、ゾンビ化した死体は必ず燃やすと言っていたはずだ。先程折り重なっていた死体達は、二度と動き出すことが不可能なぐらい破壊され尽くしてはいたが、燃やされてはいなかった。
 ──どこかの暇人連中が、ゾンビ化する前に死体を集めて、ああやって細切れにしたのかもしれないけどな。
 考えつき、それが一番あり得そうな可能性だと勝手に決めつける。
「それはそれで……どうなんだろうなあ」
「……拓さん?」
「ん? ああ、いや、俺だったらどうしようかって話だよ。妄想だ」
 ──もしも、自分の知っている誰かが死んでしまったら。
 蘇る危険性を恐れて、死体を細切れにする必要性に迫られたら。
 そのとき──自分は、どうするのだろう。
 友人や恋人、家族や隣人だったとしても──何の思い入れもなく、まるでカレーライスでも作るかのような気安さで、死体を分割できるだろうか。
 そうして、殺し尽くすことができるだろうか。
(──まあ……普通に、嫌だな)
 必要であれば、やるのかもしれない。
 けれど、それが嫌だと思う心ぐらいは、最後まで持っていたかった。

 世界が滅びるその日まで、あと四十一日。

テーマ : 自作恋愛連載小説
ジャンル : 小説・文学

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プロフィール

神楽坂司

Author:神楽坂司
世界が終わる。
無慈悲に優しく、無造作に哀しく。
無意味に虚しく、無感動に冷たく。
世界は終わる。
終わりの中で初めて紡がれていく、優しくて哀しい人々の絆。避けられない終局を前にしたとき、彼らの選択はこの世界に何を残していけるのだろうか──?

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