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■ 11月30日 ■
 部屋の中は痛いほどの緊張に包まれていた。自然と吊り上がる眼差しで、二人は互いに睨み合ったまま視線での威嚇を繰り返す。こたつに足を突っ込んでさえいなければ、それなりに緊迫感のある場面になったかもしれない。
「……いくら相手が拓さんでも、これだけは譲れないよ」
「いくら相手がおまえでも、これだけは譲れないな……」
 低く抑えた声が響く。つけっぱなしになっているテレビから、世界最後の正月を先取りしようという芸能人達の馬鹿騒ぎが漏れ聞こえた。近所の住人達もいよいよ自暴自棄になり始めたのか、時折大きな笑い声が窓ガラスを越えて飛び込んでくる。降り積もる雪が、どさどさ、と勢いよく屋根から落ちていった。
 激しい視線の応酬を繰り返す二人の間に挟まって、テーブルの真ん中に一冊の料理雑誌が広げられていた。ページの大半を埋め尽くす文字に、ささやかな写真が付け足されている。
 そこに書かれた内容など、二人にとってはどうでもいい。問題なのは写真の方だった。
「美雪。俺は今、腕を怪我してる。しかもかなりの重傷だ」
「うん。重傷だね」
「ああ。そんな俺を労る気持ちがおまえにはあると、信じさせて欲しいんだ」
「うん。信じるのはいいことだと思うよ?」
「そうか。じゃあおとなしくお雑煮はすまし汁に切り餅を入れろ」
「駄目。お雑煮は丸餅に白味噌仕立て」
 黒のハイネックに、同じく黒のジーンズ。左腕はギプスで固め、包帯で吊り下げている──そんな格好の拓也と。
 セーラー服の上にどてらという、普段とまったく代わり映えのしない格好の美雪。
 どちらも極端に穏やか──と言うより、人といちいちぶつかり合うのを億劫がる二人が、珍しく意見を異にして対立している。
 ばちん、と。
 もし視線の衝突に効果音が伴うなら、間違いなくそんな音がしていただろう。示し合わせたわけでもなく無言になり、険しい表情で威嚇を続ける。
 小さな二枚の写真をそれぞれに指さして、一歩たりとも譲ることなく既に一時間が経過していた。もうじき時計の針は十二時を指そうとしている──そろそろ昼食の準備にとりかからなければいけない時間帯だった。関東と関西、それぞれの雑煮のレシピが書かれたページには、深い折り目が刻まれている。
「あのなあ……おまえはどこの生まれだ? 関東の人間なら白味噌なんて使わないだろ」
「お母さんが京都生まれで、ずっと白味噌で育ったんだよ。だから白味噌」
「こちとら三代続いた江戸っ子だぞ。お雑煮に味噌なんて使ったら、ご先祖様に申し訳が立たん」
「……拓さん、お祖父さんは確か北海道の生まれだって言ってたよね?」
「……気概だけは江戸っ子だ」
「うわ、ナチュラルに嘘ついた」
 部屋の隅の方へ視線を逃す拓也と、それを睨む美雪の間で緊張に優劣が生まれる。
「拓さん。嘘ついたら首切りゲルマンだよ」
「いや、こないだ言ってたのよりランクアップしてないかそれ。しかも物騒な方向に」
「ゲルマンの人は、指だけじゃ満足できないって」
「ゲルマンの人に失礼極まりないなあ」
 心底嫌そうに呻き、拓也は何やらゲルマンについて不穏な想像を巡らせる少女から視線を逸らした。どうやらお雑煮のことについてはあっさりと忘れてくれたらしいが、だからといっと何が変わるわけでもない。むしろ会話が途切れた分、拓也が暇になっただけだった。
 相変わらず世界はひどい有様で、ゾンビや天使達の襲撃が止んだわけでもなければ、奇病による被害者が減っているわけでもないが。
 拓也は、少なくとも外見上は普段通りの生活を取り戻していた。
 ──こういうのがいつも通りっていうのも、それはそれで凄い話だけどな。
 内心で独白する拓也を余所に。
 延々ゲルマン人について考えていたらしい美雪が、突然弾かれたように声を上げた。
「……あっ!」
「いきなり大声出すなよ……驚くから。今度は何だよ。ゲルマン人のお告げでも下りてきたのか?」
「いや、私は大変なことに気付いてしまったんだよ……」
「だから何だよ、その気付いたことって」
「実は……昨日ね、夜食を食べたんだ、私」
「ああ。何か台所でゴソゴソしてたな」
 一日のうち間違いなく八時間は睡眠にあてる拓也に対し、美雪はどんなに多くとも四、五時間しか寝ていない。特に夜は遅くまで起きていることが多いようだった。
 最初は拓也も付き合って起きていたのだが、美雪が深夜に何をするでもなくラジオを聴いているだけだと知ってからは、彼女の好きにさせていた。夜になればヘッドホンをつけてくれるので、特に睡眠の邪魔になることもない──それならば、いちいち美雪の生活に口を挟む必要も感じなかった。時折勝手に家を抜け出しているようではあったが、それすらさして気にはならない。
 拓也と美雪は同居人で、世間的に見れば恋人同士に見えるのかもしれない。だからといって相手を束縛していい理由にはならないし、何より──どこに行ったとしても、必ず最後には帰ってくるのだから。
 帰ってくると、信じているのだから。
 それこそ、夜に台所で何をしていようが、美雪の好きにさせていた。
「でも……夜食ったって、おまえまともな料理なんか作れないだろ。こないだ目玉焼き失敗してたじゃん」
「あう。普段は忘れっぽいのに、何でそういうことだけちゃんと覚えてるかな……」
「弱みを握っとけば凄いプレイを要求できると思って。で、夜食をどうしたって?」
「……凄い台詞が聞こえた気がしたけど、気のせいだってことにしておくね」
「スク水の上にセーラー服とか超燃えるよな!」
「聞ーこーえーなーいー!!」
 耳を塞いでいやいやをするように頭を振る美雪。その様子を見て、まあこういうところが可愛いんだな、と何となく自分の認識を改めつつ、拓也はとりあえず話の先を促すことにした。想像というか妄想については、まあ、美雪に聞かせなければ済むだけの話だ。 
「で、夜食の話はどこに行ったんだよ。新幹線で博多に行ったまま帰ってきてないけど」
「片道切符で新幹線に乗せたのは拓さんだと思うけど……とにかく、夜食をね。食べようとしたんだけど……その、拓さんの言う通り、料理はできないから」
 胸の前で指を組み合わせ。
 美雪は、薄くはにかむように笑ってみせた。
 その笑顔に底知れない不安を覚える拓也の耳に、ぽつりと一言──たった一言、致命的な言葉が打ち込まれる。
「だから──拓さんがとっておいたカップラーメン、食べちゃったんだよ」
 瞬間。
 拓也は、凄まじい勢いで部屋を飛び出していった。後ろから何か声をかけられた気がする。しかしそれは所詮気のせいでしかない。自分を止められるものでないなら、この世界に存在する何もかもが気のせいなのだと確信する。
 階段を駆け下り、台所の扉を蹴り開ける。
 まず最初に目に入ったのは、木製の大きな食卓だった。かつては一家三人で食事したものだ。母親がセットなら安いからという理由で買ってきたため、使いもしないのに椅子が四個用意されている。奥にはシステムキッチンが、そして入ってすぐ右手側の壁に寄り添うようにして、大きな冷蔵庫が設置されていた。
 不自然な動悸に胸を押さえながら、拓也は冷蔵庫の脇──カップラーメンの保管場所を覗き込んだ。終局宣言発令直後、絶対にこれからの暮らしで必要になると思い、方々走り回って買い溜めしたものだ。ほとんどは食べ尽くしてしまったのだが、いざというときのために一個だけとっておいたものがある。
 そのはずだったが。
「……ない」
 たったそれだけを呟くのに、恐ろしいまでの労力を費やした。
 膝から崩れ落ち、台所の床に手をつく。知らず知らずのうちに奥歯を噛み締めていた。ぎり、と鈍く重い音が口の中から聞こえてくる。頭を左右に振り、一縷の希望に賭けて、もう一度だけ視線を上げてみた。
 冷蔵庫の脇。
 現実が唐突に塗り替えられるわけもなく、もうそこには何も残されていない。
「……死のう……」
「そこまでの問題だったの!?」
 さすがに慌てた調子で美雪が駆け寄ってくる。
「拓さん、カップラーメンが食べられないぐらいで死ぬのはどうかと思うよ?」
「馬鹿なことを言うな! これは死活問題だぞ? 俺は、俺はな、この残り一個のカップラーメンを食うためだけに、この辛く苦しい終局を生き抜いてきたと言っても過言じゃないぐらいだ!」
「そんな悲しいことを、自信満々に言い切られても困るなあ。あと絶対過言だし……」
 真剣に困ったと言いたげな顔をする美雪に、拓也はのっそりと体を起こして近付いた。有無を言わさぬ形相を浮かべると、自由に動く右腕で美雪の肩を掴み、喉の奥から掠れた声を絞り出す。
「……美雪」
「ん? なぁに?」
「一緒に死のう」
「え?」
 短く叫び、美雪は激しく手足を暴れさせたが、痩せぎすの外見に似合わず拓也の力は強かった。肩を掴んだ手を外すことができない。
 拓也は項垂れ、ほとんど床に向かって話しかけるような格好で言葉を続けた。
「もう駄目だ。死ぬしかない」
「い、嫌だよっ! カップラーメン一つでお初徳兵衛(とくべえ)みたいな心中なんて、全然格好良くないよっ」
「……ええと、曾根崎(そねざき)心中だっけ? おまえってたまに凄まじく年寄り臭いこと言うよな……まあいいや、とにかく死のう」
「絶対嫌だよっ!!」
「いやしかし、もう食料も底を尽きかけてることだし。役所の配給も不定期になってきたしな」
「全然死ぬ理由になってないよっ」
 ようやくの思いで束縛から逃れ、美雪は荒い息を吐いた。引きつった表情で拓也を見遣り、いつでも逃げ出せるように警戒の姿勢を怠らない。
 その様子を見たからというわけでもないのだろうが、拓也は一気に弛緩した。深く肩を落とし、大袈裟すぎるほどに盛大な溜息をこぼす。中腰になって美雪を見上げると、いかにも胡乱な表情で唇を開いた。
「だけどなぁ……マジで、このままだと割と真剣に餓死するぞ? 春奈先生んとこからくすねてきた非常食だって、もう何日分も残ってないし」
「それはそうだけど……」
 知之との共同生活を営んでいた春奈の家には、思った以上の食糧が備蓄されていた。そういえば趣味は貯金だとか言ってたな──などと冗談にもならないことを言い合いながら、苦労して全て家まで運んできたのだ。
 死者を冒涜するつもりはない。
 ただ、無駄に余らせておく理由が見つからなかっただけの話だ。おかげで人間二人が生き延びたと思えば、友人とその恋人も、笑って許してくれるだろうと拓也は考えていた。
 その挙げ句に至った事態が雑煮論争だったり心中騒ぎだったりというのでは、死んでも死にきれないだろうという気もしたが。
「あー……何かいきなり腹減った……」
 愚痴を言ったところでどうなるわけでもないが、それでも言わずにはいられない。
 中身が空だとわかりきっている冷蔵庫の扉を開ける気にもなれず、拓也は肺の奥から溜息を絞り出した。
 実際──ゾンビ化などの致命的な事態が発生するよりずっと前に、秋川家の台所事情は逼迫していたのだ。近所の人達からの援助はあったものの、彼らもまた同じように食糧不足で悩んでいるのだから、まさか自分達に余裕がないときまで拓也を助けてくれたりはしなかった。
 これまで何とか持ち堪えられたのは、単純に食事量を制限していたからに他ならない。美雪も並外れて大食いというわけではなかったが、人数が増えれば食料の減りも早くなるのは当然のことだった。
「もうちょっと、配給が続いてくれると思ってたんだけどな……」
 致命的だったのは、以前は定期的に行われていた配給が、ここ最近になってついに途切れがちになったことだろう。むしろこれまで配給を続けてこれたことが奇跡に等しい──中断されたからといって文句を言う筋合いもなく、食糧確保に頭を悩ませるしかなかった。
「……心中は冗談にしても、状況的には冗談じゃ済まされないしな……。二人揃って仲良く餓死って、世間的に見たら心中とあんま変わらないし」
「昨日広告が入ってたスーパーは駄目なの? 食べ物の写真が載ってたよ」
「ああ、イトウマートか? あれ絶対嘘広告だろ。マジだったとしても、今更行って、まともなもんが残ってるかな……」
「そんなの、行ってみないとわかんないよ」
「……まあ、ここでうだうだしてるよりマシか……」
 よし、と勢い込んで立ち上がる。ずっと中腰でいたせいで微妙に足が痺れたが、気にしなければどうということもない。
「そうだな……どうせ家でごろごろしてたって、余計に腹が減るだけだし。軽い散歩がてら、お出かけしますか」
「うんっ、行ってみよう! 何かあったらラッキーだもんね」
「何にもなかったら、おまえ、一日バニーガールの刑だからな」
「……いやいや拓さん、そんな衣装はどこにもないし……」
「去年の学園祭で、俺らのクラスは女装カフェやってな。衣装管理してたの俺なんだ。今も体育館倉庫の奥にきっちり保管してあるぞ」
「ポテチでいいから残ってますように、いっそ牛脂とかでいいから残ってますように……」
「牛脂を食料の範疇に入れるのかよ……」
 熱心な祈りを捧げる美雪を連れて。
 拓也は、どことなく浮ついた気分で家を出る。

 世界が滅びるその日まで、あと三十九日。

テーマ : 自作恋愛連載小説
ジャンル : 小説・文学

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プロフィール

神楽坂司

Author:神楽坂司
世界が終わる。
無慈悲に優しく、無造作に哀しく。
無意味に虚しく、無感動に冷たく。
世界は終わる。
終わりの中で初めて紡がれていく、優しくて哀しい人々の絆。避けられない終局を前にしたとき、彼らの選択はこの世界に何を残していけるのだろうか──?

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