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■ 12月1日 ■
 スコップを振り下ろし、ゾンビ化した中年女性の頭を叩き割る。
 脳漿と腐った体液を撒き散らしてよろける死体の腹を蹴り、尻餅をつかせると、今度は先端部で喉を突き刺した。溜まっていたガスが吹き出し、悪臭が鼻腔を痛めつける。その恨みを晴らすように、何度も何度もスコップで殴打し、突き刺し、頭部を念入りに磨り潰した。とりあえず頭だけ破壊しておけば、最悪このゾンビからの感染は免れる。未だ生き残った学者達の仮説によると、唾液の中に活性化死体症候群を発症させるウィルスのようなものが含まれているらしい──噛まれてもいないのにゾンビ化した連中に関しては、仮説どころか議論もされていないようだった。
 考えても無駄なことは、世の中に数多くある。その中の一つということなのだろう。
 頭蓋骨を砕き、脳を細切れにして、首から上が完全に雪中に埋もれ消え去るまで、洋介の腕が止まることはなかった。今更疲れを感じる神経も麻痺して、腕の筋肉は強張ったまま寒さすら伝えてこなくなった。指先の動きも鈍るのが問題ではあったが、まだかろうじて銃器類も扱える──蘇った死体や天使達を殺すことができる。
 殺せる内は、生きている資格がある。
 明らかに間違っている考えに縋り付き、洋介は日々を生き延びていた。
「……死んだか」
 散々に、破壊の限りを尽くして。
 死体の動きが完全に停止した。
 後に残るのは、腐敗した肉の塊だ。見れば、周囲には似たような物体が無数に転がっている──自分で作り出した光景だったが、それでも洋介は壮絶な吐き気に襲われていた。ゾンビを壊している間、何度か胃液を吐いた気もする──喉に感じる酸っぱい痛みが、その記憶を補強していた。
「……ここが、地獄かよ。一丁目だか二丁目だか、どこだかの」
 壊しても壊しても。
 殺しても殺しても。
 どこからか、死体が無数に溢れ出してくる。
 それに守られるようにして、白い空に数体の天使が舞っていた。地上で虚しく抗う者達を嘲笑うように──或いは、慰めるように優雅に。
 彼らの描く軌跡に沿って、白い羽がひらひらと落ちる。
 雪のように、静かに舞い落ちる。
 血と肉片を払い落とす余裕もなく、スコップを肩に担ぎ直した。全身を左右に揺らしながら、雪の中に倒れている部下の下へと向かう。
「増田。どうだ、元気にやってるか?」
「隊長……隊長は、平気っスか──?」
「俺はいつでも元気だよ。つうか、公民館の方はどうだった。抑えきれたか?」
「……すんません」
「──あそこは、藤掛と樋口も担当だったろ。弾薬も相当残ってたはずだ」
「……すんません」
「いいよ……わかったよ。謝るな。よく頑張った。おかげで俺は生き延びてる」
 どんなに弾薬があっても足りない。
 死体は溢れる。
 人間は次々と食い殺されていく。
 増田の懐を漁って拳銃を取り出し、洋介は残弾を確認した。まだ二発分残っている。
 ──あと二人は、天使か、ゾンビを殺せるわけだ。
 あと二回分は、生き残るチャンスを与えられた。
「……悪いな。こんなとこまで付き合わせて」
「いえ……ところで隊長、ちょっと──お願いが、あるんですけど」
「あ? 何だよ。遺言か?」
「へへ……まあ、そんなもんですね」
 照れたように笑って、まだ二十歳になったばかりの少年は一枚の写真を取り出した。その中で、少年と、明るい笑顔の少女が写っている。青空と蒼海を背景に、日焼けした二人は満面の笑みを浮かべていた。
「そいつ……所沢に住んでるですよ。長瀬、文美っていうんですけど……」
 ──ごめんなさいって、伝えられたら、伝えといてくれませんか。
「俺、最後に別れちゃってごめんなって、自衛隊なんかに入っちゃってごめんなって、伝えといてください……お願いします、隊長──」
「何で俺なんだよ……まったく、デキのいい部下ばっかでありがてぇよ、畜生」
 呟き、拳銃を構えて射撃する。
 無造作に吐き出した弾丸は、よろめきながら近付いてきた死体の頭を吹き飛ばした。
 何も思わない。
 何も感じない。
 洋介は、自分が一個の機械だと思い込もうとしていた──その試みは、少しずつ成功し始めている。
 死にかけた部下を前にして、ほとんど何の感慨も浮かばないのだから。
 きっと機械でなければ──あのゾンビ達のように、脳まで腐ってしまったのだろう。
「隊長……すみません。もう一つだけ、お願いがあるんですけど……」
「何だよ。まとめて言えよ、そういうの」
「へへ……すんません。ねえ、隊長──あの、もう、無理なんで……楽にしてください」
 ──殺してください。
 請われるまま、少年のこめかみに銃口を押し当てる。
 下半身をほとんど食い荒らされ、雪の上に内臓をばらまいている少年に。
 それでも生きている人間の悲しさに──洋介は、二発目の弾丸で止めを刺した。
「神様……俺達、まだ生きてなくちゃいけませんか」
 溢れる涙が落ちるより先に。
 洋介はスコップを振り回しながら、死体の群れの中を駆け抜けた。
 もうこの世のどこにも希望などない。
 神様なんていない。
 それでも──、
「──神様! 助けてくれ、助けて……畜生、地獄だ、まるで地獄だ!! 助けろ、助けてくれよ神様──もう止めてくれ! 助けてくれよ、神様!!」
 ──機械のような心のままで、人間のように助けを願って。

 世界が滅ぶその日まで、あと三十八日。

テーマ : 自作恋愛連載小説
ジャンル : 小説・文学

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プロフィール

神楽坂司

Author:神楽坂司
世界が終わる。
無慈悲に優しく、無造作に哀しく。
無意味に虚しく、無感動に冷たく。
世界は終わる。
終わりの中で初めて紡がれていく、優しくて哀しい人々の絆。避けられない終局を前にしたとき、彼らの選択はこの世界に何を残していけるのだろうか──?

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