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■ 12月2日 ■
『どーもー、いつもの時間に今晩は! 自称音楽評論アイドル、堀田鍵子ことカギちゃんでーす! どうですかー、みんなまだ生きてますかー? 私はかーなーり、痩せちゃいましたけど、何とかかんとか生き延びてまーす。スタッフのみんなもね、まあ数は減りましたけど……ちょっと寂しくはなりましたけどね、結構元気そうですよー? 世界も終わろうかってときに、元気でも元気じゃなくても関係ない……わけ、ない!! 元気ですかー! 折角ですよ、一回こっきりの終局じゃないですか! 楽しんで、元気に行きましょう!!』
 泥を削る音がする。
 ノイズ混じりのラジオ音声を邪魔するように、足下から弱々しい音が聞こえる──爪を立てて掘り進み、爪が折れても肉で泥を掻き、肉が裂ければ骨を突き立てる音。人体が緩慢に破損しながら、衝動に突き動かされるままに地上を目指す音だった。
 リビングの窓を開け放ち、サッシの部分に腰を下ろす。赤いダウンジャケットの前を寄り合わせ、拓也は白と黒に分割された夜へと息を吐いた。依然雪は降り続き、地表を埋め尽くそうとしている──首都圏でも積雪がついに五十センチを超え始めたらしいと聞いた。終局の雪は積もってもすぐに雨風で散らされるか、突然理由もなく溶けてしまうことが多かったので、ここまで積もるのは珍しい事態だった。小さな庭には花壇があったのだが、既にどこがそうなのか視認できなくなっている。
『いやー私、ちょっと噂で聞いたんですけど……政治家さんとか、官僚? 役人? まあ何かそういう偉そうな人達は、みんなもう地域指定の核シェルターに逃げ込んだらしいですよ! ずっりー!! ずりー政治家! しかもそのシェルター、食料の備蓄もバッチリらしいんですよ! あーもうどうしようこの怒り。私ですらですよ、一応芸能人の末席の、隣の、少し離れたところの、窓からちょっと覗けるぐらいの位置……そのぐらいの位置ではあるけど一応芸能人の私がですよ!? ここ二日、水しか飲んでない! 水はカロリーゼロ、つまりチョー腹ペコってことですよ? なのに政治家の人達は今頃アレですよ、ピンクなコンパニオンとかね、一緒に連れてってね……ええ乱痴気騒ぎに決まってます! カニ食ってますね! 絶対!! 絶対あいつらカニ食ってますよ! カニカニパニックですよ! 許せますか許せませんよねー!』
「……許せないよなあ」
 髪を掻き、溜息と共に立ち上がる。
 手に持っていたゴルフクラブを振り上げ、拓也はじっとその瞬間を待った。音が少しずつ地上に近付いてくる。泥を掻き出し、雪を除けて、今にも粉々に砕けそうな指先が覗いた。途端にむせ返る腐臭が鼻をつき、拓也は顔をしかめる。
 ──許せないだろ、やっぱ。
 雪が蠢き、地面に微かな震動が伝わって。
 テーブルゲームに似ているな、と妙な思いつきを得る。ナイフを刺していき、黒髭の海賊が飛び出せば勝ちのゲームだ──子供の頃は、海賊が飛び出せば負けなのだと思っていたが。年を取ると、余計な知識も身に付いていく。
「息子が平穏に暮らしてんだからさ。それを今更掻き回そうっていうのは、うん、許せない。いくら何でも、許せないよ」
 ぶつぶつと独り言は続く。その間にいよいよ雪は掻き分けられていき──まさにナイフを刺された海賊のように、首から先だけが地上に飛び出してきた。
「……折角人が埋めといてやったんだから、出てくんなよ」
 ゴルフなど習ったこともないが、スイングだけならテレビで何度か目にしたことはある。店員に促されるまま買い求めたクラブを、拓也は両腕に全霊の力を込めて振り抜いた。奇妙に重苦しい音が響き、死体の頭部を吹き飛ばす。
 脳漿と悪臭を放つ体液を飛び散らせて、父親だった死体は動きを止めた。
『いやー許せんですけど、まあここで私が怒ってたって、核シェルターがいきなり粉々に吹き飛ぶとかナイですからねえ。そういうのは終局の日にお任せするとしましょう! ていうか、ていうかですよ? 私思うに、むしろ今シェルターとかに隠れちゃうのは損ですよ。思いません? 世界の最後ですよ? 世界に住んでた私達が見届けなくてどうするんだって話ですよ。いやそりゃね、悲しいことしかないです。友達とか死んじゃったし、私の彼氏も死んじゃいました。お父さんは行方不明だし、お母さんは動く死体になって自衛隊の人達に燃やされちゃいましたよ。残ってるの、私、猫ぐらいのもんですよ。猫のごはんだけは死守しましたからね!』
「……あー、くそ、駄目だ。やっぱ寒い。無理。早くしろよもう、出てくるなら出てくる、諦めるなら諦めるでさあ……」
 ぼやきながら雪を降らせる夜空を見上げる。不思議なことに、微かだが月が見えていた。細長い月は黒い空に突き刺さり、抜けない棘のように動きすらしない。青ざめた光はほとんどが雲で遮られ、地上に届くのは微かな明るさだけだった。それでも雪が積もっているせいだろう、街路灯の明かりを反射し、深夜だというのに薄ぼんやりと明るく照らされている。ラジオから漏れ出る脳天気な声を聞きながら、拓也は改めて父親の死体を見下ろした──正確には、父親の死体の、すぐ隣だ。
「……まあ、自衛隊の人達にばっかり任せてられないもんなあ」
 以前出会った、死神を名乗った青年──彼が率いる部隊がまだこの街に留まっているせいで、ゾンビの被害はそれほど大きなものになっていない。ラジオで聞いた情報の通りなら、世界各地でのゾンビによる犠牲者数はまさに桁違いらしい──それを考えれば、この街はまだ平和な方なのだろう。
 だからというわけでもなく。
 再びゴルフクラブを振りかぶる。
 この街が、誰かの手で守られているのなら──自分も、そのささやかな手伝いぐらいはできるのだろう。
 食卓に置いたラジオが、一筋の希望のように飛び回る電波を捉える。
『でも、友達がいた世界じゃないですか。恋人がいたし、両親もいたし、飼ってたペットもいたし、知らない人も知ってる人もいーっぱいいた世界じゃないですか。目を逸らしたら駄目ですよ。ちゃんと見届けないと。辛いことばっかりです、悲しいことばっかりです、それでもやんなきゃいけないんです!! だから私達は頑張るんです! ゾンビに襲われれば油を撒くし、天使に襲われれば逃げ回るし、必死こいて生きるんです! 生き延びるんです!! 私もできる限りこのラジオを続けますからね! だから、一緒に生きてみましょう。辛いことや悲しいことの他に、もしかしたらすっごいちっちゃい幸せが混じってるかもしれません。何せこの番組深夜帯なもんで、見つけるのは難しいかもですけどね。でもせめて、こんな真夜中を分け合えてる全ての人に、この曲を贈ります。機械の調子が悪いんで、途中で切れちゃうかもしれませんけど。聞けるだけ聞いてください。私達も、届けられるだけ届けますから──大丈夫、ちょっとした息継ぎみたいなもんですから』
「……息継ぎみたいなもん、か」
 揺らいだ言葉は雪の奥にさらわれて。
 地面を割って現れた母親の頭を、
『──The Rolling Stonesで、《Let's Spend the Night Together》です──』
 ──罪深い夜を分かち合うように、ゴルフクラブで吹き飛ばす。

 世界が滅ぶその日まで、あと三十七日。

テーマ : 自作恋愛連載小説
ジャンル : 小説・文学

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プロフィール

神楽坂司

Author:神楽坂司
世界が終わる。
無慈悲に優しく、無造作に哀しく。
無意味に虚しく、無感動に冷たく。
世界は終わる。
終わりの中で初めて紡がれていく、優しくて哀しい人々の絆。避けられない終局を前にしたとき、彼らの選択はこの世界に何を残していけるのだろうか──?

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