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■ 12月4日 ■
 とても多くのことを決めた。
 生きていくために大切なこと──絶対に譲れないこと、お互い秘密にしてきたこと。これまで真面目に話したことのなかった、沢山のこと。
 とても大切なことを話して、とても大切なことを決めた。
 雪の溶けた道を歩き、拓也は大きな溜息をついた。美雪がその後ろをゆっくりとついていく。
 二人とも笑っていた──無数の死体と肉片が散乱する中を、二人は笑って歩けるようになっていた。狂ったわけでも、諦めたわけでもない。日常の一部として、ようやく終局を受け止めることができたのだ。
 特に急ぐでもなく、雪を踏みしめていく。微笑みが止まらないのは、この世界が本当も嘘も混ざっているからなのかもしれない。
 こんな悲しい世界でも生き抜こうとする本当の意志と、こんな悲しい世界でまで生き延びようとする嘘の希望。生きて、徹底的に生き抜いて、それで何かが得られると思いこんでいる──思い込もうとしている。
 終局は確かに近付いていた。
 それは、空気の変化としか言い様のないもので判断できる。昨日よりも確実に一日分近付いた空気。もっと的確な言葉を探すなら、それはいわゆる雰囲気というものだったかもしれない。
 街は静かになっていく。
 人々は死んでいく。
 季節は狂っていく。
 そういった、本当に小さなものの積み重ねが、世界の姿を大きく変えてしまっていた。
「ここらへんも静かになったな……」
 近所のスーパーに続く道を歩きながら、ぼんやりと呟く。拓也の住む街は、都内ではいわゆる下町的な地域に属していたものの、人口はそれなりに多かった。つい数ヶ月前までは、買い物に行く主婦や学校帰りの生徒達の声でうるさいほどだったのだ。自転車がひっきりなしに行き来し、細い路地を車がいかにも窮屈そうに通り抜けていく。そんな光景は、特に探す必要もなく、いつでも見つけることができた。当たり前すぎて目に入らないぐらい、それはありふれた日常だったのだ。
 だが今は、どこを探しても見つからない。日常の風景は、無人の街と降り積もる雪、転がる死体と空を舞う天使にすり替わってしまった。
 ──それでいいんだよな。
 それでいいのだ。
 終局まで生きるということは、つまりは今拓也が置かれている現状を生きるということだ。生きていたいなら抗う術はなく、自分の一部として取り込むしかない。美雪が融合病に侵されて初めて、拓也はそんな当たり前のことに気付いた。
「──ここも違うかなっ……あそこも違うかなっ」
 歩いている間中、美雪は忙しなく周囲を見渡しては「違う、違う」と繰り返していた。最初はこの奇妙な少女のすることだからと気にも留めていなかったのだが、十分以上も続けられるといい加減何が違うのか知りたくなってくる。
「美雪。さっきから何やってんだ?」
「ん?」
 ぴたりと立ち止まって。
 美雪は、渦巻き模様の瞳を、くるん、と一回転させた。
「あはは、やっと気付いてくれたね。あともう少し気付かなかったら、声のボリュームを二段階上げようかって思ってたよ」
「いや、気付いてはいたぞ」
「あれ? そうなの?」
「ああ。電波っぽいから無視してたけど。それで何が違うって?」
「……拓さんはたまに、物凄く言いにくいことを物凄くサラッと言い流すよね……」
 微妙に引きつった笑顔を浮かべながら、美雪は後ろに手を組んだ姿勢のままで言ってくる。
「あのね。家を探してたんだよ」
「家? どこの家だよ」
「私が住んでた家」
「……ああ」
 この少女は、自分の住んでいる家がどこなのか忘れた──という奇妙な理由で、拓也の家に転がり込んできたのだ。二人での暮らしにも慣れきってしまい、今更この関係性を維持しようかどうかなど、悩まなくなっていたが。言われれば多少は気にかかる。
「……そういやおまえ、いいのか? 家に帰らないで」
「うーん……よくないかもしれないけど。でも本当に、家がどこだったのか忘れちゃったしね。家族のことなんかは覚えてるんだけど」
「家族のこと覚えてんなら尚更だろ。心配してんじゃないのか?」
「それはそうかもだけど……実はあんまり、家には帰りたくないんだ」
「はあ?」
 半眼で見下ろし、拓也は小さく首を傾げた。その視線にいたたまれなさを感じたのか、美雪は落ち着かない動作で肩を揺らしながら言葉を続ける。
「拓さん──缶詰、買い溜めした?」
「……? 別に、したことないけど」
 突然話題の方向が切り替えられた。一瞬誤魔化されたのかと思ったが、どうやらそういうわけでもないらしい。美雪は必死に何かを思い出そうとしながら、途切れ途切れの言葉を紡いでいく。
「あ、やっぱり拓さんは買わなかったんだね。私も意味ないと思うんだけど……私がこうなる前にね、お祖母ちゃんが、缶詰を一杯買ってきたことがあったんだよ」
 世界の終わりが周知のものとなった直後、サバイバルキットの類はまさしく飛ぶように売れた。ミネラルウォーターや缶詰なども同様だ。
 生き残る希望を失った人間達は、それでも生き残った後の心配をしていた。
「もし何かあったら大変だからって一杯買ってきてね……すっごく重そうだった。おかしいよね、だって『何かあったら』って──何かって、世界が終わるってことなんだよ? そうしたら、缶詰なんかあったって意味ないのに」
「……今、非常食代わりになってるかもしれないし、少しぐらい意味はあるだろ」
「そうかな……そうだといいんだけど。とっとかないで、食べてくれてたら、凄く嬉しいんだけど──」
 ──お祖母ちゃん、ちゃんとご飯食べてるかなあ。
 微かな呟きはすぐに行方を眩ました。
 美雪は相変わらず左右に肩を揺らしながら、微笑と共に話し続ける。
「缶詰、あんまり重そうだから……一緒に持ってあげたんだ」
「……ああ」
 胡乱な返事だと自覚はしている。だが他に返すべき言葉がないのも確かだった。美雪も特に何かを期待していたわけではないのだろう、滑るように話を進める。
「……やっぱり、私の方がずっと力持ちだったなあ」
「そりゃそうだろ。おまえだって一応は若者なんだから、お祖母さんより非力だったら悲しすぎる」
「……一応若者って……」
「おまえは年寄り臭いからな」
「そんなはっきり言わなくてもいいよっ」
 気が抜けたように笑い、美雪は何の脈絡も繋がりもなく、感情の薄い声を放り投げた。
「──うちはね、お祖母ちゃん、嫌われ者だったんだ」
 拓也が僅かに視線を向ける。雪の影を映し込んだ少女の横顔は、どこか照れているようにも見える。
「ボケてるとか意地悪だとか、そういうことはなかったんだけど。多分、凄いちっちゃいことが積み重なって、そういうふうになっちゃったんだと思うな。もう、みんなお祖母ちゃんのこと無視してるみたいで……そういう意味ならね、私も嫌われ者扱いだったんだよ。お姉ちゃんの方が成績いいし、真面目だったし、立派な人だったからね。私は馬鹿だから。だから……馬鹿で嫌われ者な私だけでもいいから、お祖母ちゃんに優しくしなきゃいけないなって思ってさ」
 一度飲み込まれた言葉。数秒の間隔を置いて、それは再び静かな路地へと投げ出される。長靴の裏に、雪を踏み締める感触が残った。
「ずっと、家の中で喋るのはお祖母ちゃんだけだったな。そしたら、お祖母ちゃんが部屋に来たんだ。いきなりお小遣いくれた。私が『なんで?』って聞いたら、『家の中で、ばあちゃん、ばあちゃんって言って話してくれるのは美雪だけだから』って……泣いちゃったんだ」
「……ああ」
「私、何だか凄く情けなくなったんだよ。私はそれまで、別に家族のことが嫌いでも何でもなかったんだよ? お父さんもお母さんも、私みたいな奴でもちゃんと育ててくれてるんだ、私のために働いてくれてるんだって、そういうふうには思ってた。お姉ちゃんだって、頭がよくて立派だなって思ってた。みんなのこと、尊敬してた。でもね、拓さん──私は何だか、凄く情けなくなったんだよ」
 ──全部が全部、どうでもよくなるぐらい──情けなくなったんだよ。
「立派なのはわかるよ。育ててくれて感謝もしたよ。でもだからって、同じ家に住んでる家族にさ、『家の中で、ばあちゃん、ばあちゃんって言って話してくれるのは美雪だけだから』なんて……そんな悲しいことを言わせちゃったら、それはもう台無しだと思ったんだよ。絶対の絶対に、それだけは言わせたらいけないことのはずだったんだよ」
「……そうだな」
「うん。あのね……私、ハピネス症候群にかかったとき、ちょっとだけ嬉しかったんだ。あれって自分でわかるんだよ。ああ、これはハピネス症候群だぞって、ちゃんとわかるんだよ」
 確かに、何かのニュースでそんなことを言っていた。まるで風邪か何かのように、ハピネス症候群には自覚症状があるらしい。これまで拓也の知り合いに感染者はいなかったので、確かめる機会も必要もなかったのだが。他ならぬ美雪が言うのだから、間違いはないのだろう。
「よかったよかった、あんな悲しい思いは二度とごめんだぞって、ちょっとだけそう思ったんだ。家族のみんなには悪いけど、だから私は家の場所を忘れてもあんまり困らなかったんだよ。だって、どうせ帰る気なんてなかったからね──世界が終わるなら、好き勝手にしてやろうって思ったんだ」
「……お祖母さんは、どうなんだよ。缶詰持ってやったんだろ? おまえが帰ってこなかったら、寂しがるんじゃないのか?」
「缶詰買い集めてすぐ、お祖母ちゃんは死んじゃったよ。病気。名前は忘れちゃったけど、体中がいきなり真っ黒に腐っちゃう病気でね」
「……それで、俺の家に来たのか?」
「うーん……それとこれは別問題かな。拓さんの家に行こうって思ったのは、私の家族のことは関係ないよ」
「はぁん……よくわかんねえな」
 気怠げに言い放ち、ギプスの上から左腕を掻く。あてのない散策は、雪が積もっているせいで思っていた以上の時間をとられていた。
 気温こそ低く、吐き出す息は白いものの、歩いているうちに自然と体は温かくなっていた。おかげで寒さは苦にならないが、とにかく足下が滑ることには難儀した。一歩一歩、地面を踏み固めるような心地で目的のない歩みを進めていく。
「拓さんは?」
「は? 俺が何だよ」
「拓さんの家族は、どうだったの?」
「俺の家族?」
 まるで生まれて初めて自分の家族について尋ねられたとでもいうように、拓也は大袈裟なほど目を見開いてみせた。何やら期待のこもった眼差しで見上げてくる美雪の視線から逃れるように顔をそらし、わざとらしく「ふうむ」などとうめいてみせる。
「典型的な核家族っつーか……まあ、あれだ。とにかく普通だった」
「嘘つき発見ー」
「嘘ついてどうすんだよ。普通普通。マジで普通だった」
「絶対嘘。拓さんみたいな人の家族が普通のはずないよ」
「なんかおまえ、今もの凄くサイレントかつナチュラルに失礼なこと言わなかったか?」
「え? あはは、気のせい気のせい……」
 ふるふると頭を左右に振り、美雪はわざとらしく口笛など吹いてみせる。その頬を軽くつねる真似をしてから、拓也は小さく嘆息した。
 家族のこと──世界終局宣言発令と同時に、庭の木で首を吊って自殺した両親のこと。
 彼らが残していったのは、抱えきれないほどの虚しさと行き場のない怒り、そして一人で暮らすには広すぎる一戸建ての家──それだけだ。拓也はそれらを素直に受け止め、両親のことだけ綺麗に忘却することに決めた。
「……本当に、普通だったんだよ」
 父も母も、本当に特徴のない人間だった──あまりに特徴がなさすぎて、それがかえって特徴になっているような両親だった。他の家と比較してみて、型からはみ出しているところなど何一つない。
 ある意味では理想的な家庭だったのかもしれないと、今になって拓也はそんなことを思うようになっている。
「ただまあ、あれだな。俺が何かしても、褒められたことはなかったな」
「え? どうして?」
「聞かれたって知らねえよ。小学校の頃からずっと、親から褒められたり励まされたりした記憶がない。作文とかで金賞とったり、テストの点がよかったりしても、絶対に『凄いね』とか『頑張ったね』とか言わない人達だったな。つまんなそうに『ふぅん』って感じでさ。『ああ、そうなんだ。それがどうしたの?』って顔するだけ」
 だからというわけでもないのだろうが。
 拓也は、自然と努力することそのものを放棄するようになった。思い上がるわけでもないが、授業さえ真面目に聞いていれば、上の下程度の成績を維持できる自信はあったのだ。そうして拓也は、並外れて目立たない人間に成長していった。
「多分あれだな。親は俺に何にも期待してなかったんだろうな。俺もそういう親には何も期待してなかったし」
「……何だか寂しいねえ」
「それが普通だったんだって」
 そもそも拓也は、何かを期待するというのが苦手だった。いつでも最悪の場合を想定して生きているような気さえする。
 人間には期待する権利がある。それを剥奪することなど、例えどんな理由があったとしても許されることではない。それは拓也もわかっていた。
 だが──人間には、期待を裏切る権利もあるのだ。そして期待が裏切られたときの衝撃は、物事が期待通りに運んだときの喜びよりも遙かに大きい。
 それならば期待するだけ損だと、拓也は信じている。
「ま、そんな両親も自殺しちゃったしな──あんときはさすがに腹が立ったけど。腹が立ったっつうか……おまえみたいに言うなら、『凄く情けなくなった』んだな。きっと」
「拓さんもおんなじだったんだ?」
「おまえと同じなのかどうかは知らんけど。ひたすら情けなかったよ。おいおい、これで終わりかよって感じ。あるじゃん、ほら、毎週楽しみにしてたドラマが、最終回でいきなりみんな死んで終わるみたいな。ああいう情けなさ」
「うぅん……わかるような気がする」
「お、マジで?」
「なんとなく、だけどね?」
 隣に並んでいた拓也を追い越し、数メートルほど早足で駆けて。
 美雪は、回転する独楽(こま)のように振り向いた。
「とっても真面目な話をしたよ」
 気の抜けた炭酸飲料のような笑顔を浮かべ、跳ねるような声音で言う。そのままもう一度その場で回転すると、美雪は勢いよく明後日の方向を指さした。ぴんと伸ばした指先が示す方には何もない。あるのはただ、鈍重な色の曇り空だけだ。
 空を示す美雪の両手は包帯を何重にも巻き付けられ、その上からゴム手袋を被せていた。融合病は、緑色に変色した患部が他者の肉体に触れなければ発症しない。それを防ぐために決めたことだった。
「ねえ拓さん。この空の向こうには、私達みたいな人が一杯いるんだよ」
「そうかもな……それがどうかしたか?」
「うん。それでね、その一杯いる人達が、みんな私達みたいに悲しかったり情けなかったりすると思うんだよ」
「程度にもよるけど、それもまあ、そうかもな」
「うん──私みたいに幸せで幸せで幸せなだけって人もいるだろうし、拓さんみたいに期待するのが苦手な人もいる。私の家族みたいに自分達のことがよく見えてない人達もいるし、拓さんの家族みたいに普通すぎて普通じゃなくなっちゃった人達もいる。でも私達はそんなこと、今まで思いもしなかったんだね」
 思いもしなかった。
 絶対に、目には見えていたはずなのに。
 見えているものを、見落としていた。
「世界はもう、ずっと前から切羽詰まってたんじゃないかな。誰も大事なことは話さないし、大切なものは人に見せない。全部自分の中にしまいこんで、嫌なことも痛いことも相談しない。五百万年前に木の上から草原に下りてきて、私達はずっとそういうふう生きてきたんだから」
「……そんな昔からか」
「昔はそれでも何とかやっていけたのかもしれないけどね」
 白い雪が落ちてくる。
 拓也は平坦な表情で言葉の続きを待っている。
 美雪は少しだけ間を持たせるように沈黙を挟むと、小さな笑い声を弾けさせた。
「昔のままなら、何とかやっていけたのかもしれないけどね。キリスト様が磔に(はりつけ)されたり、ピラミッドを作ったり、魏と呉と蜀で戦争したりしてるぐらいなら。戦国武将が国を奪い合ったり、アメリカ大陸を発見したり、飛行機ができた電話ができたって大喜びしたりしてるぐらいなら。何とかやっていけたと思うんだよ」
「……どのあたりで駄目になったんだろうな──俺達は」
「どのあたりかな……多分、明確な区切りなんてものはないんだと思うけどね。たまたま私達の時代で駄目になったんじゃないかな。本当にたまたま、偶然なんだと思うよ。我慢し続けて、切羽詰まって、もうどうにもならなくなって。それで世界は終局を迎えたんだから」
滅んでいく世界。
 冷たくなりつつある頬を叩くのは乾いた風だった。静まりかえった街を潜り抜け、何の意味もなく走り去るだけの風。拓也は小さく身震いした。
「今までそんなこと、思いもしなかったのにね。考えもしなかったのに……もうじき全部が駄目になっちゃうっていうときに、ようやく私達はこんなことを話してるんだよ」
「後悔してるのか?」
「後悔役に立たずだよ、拓さん」
 微妙に間違っている──しかしそれがかえって正解に近付いているようなことを言い、美雪は遠い空の彼方を指していた手を折り畳んだ。
「……だから、かな。私が拓さんと一緒に暮らしてみたいなって思ったのは」
「はぁ?」
「世界が切羽詰まってるから──誰かと話したいことが一杯あるから。私が普段考えてることも、普通だったらなかなか言いにくいことも。拓さんになら話せるんじゃないかって、そう思ったんだよ。女の勘ってやつかな」
「男でも女でも勘なんて当たらないだろ、普通は」
「でも私の勘は的中したよね」
 嬉しそうに。
 華やぐように。
 渦巻き模様の瞳をくるん、と回転させて。
 美雪は眠そうな猫に似た微笑みを浮かべて、拓也の隣に並ぶ。
「こんな悲しい世界の終わりに、それでもお散歩に付き合ってくれる人なんて、なかなかいないよ。国宝級だよ」
「人を重要文化財みたいに言うな」
 こんな悲しい世界の終わりに、それでも散歩に付き合ってくれる。
 それは美雪だって同じなのだと、きっと本人は気付いていないのだろう。
 拓也も似たような勘を働かせたのだ。
 いくら状況に流されやすい性格とはいえ、いきなり見知らぬ人間を家に上げてやるほど拓也は物好きでもお人好しでもない。本質的に閉鎖的なところがあると自覚もしている。
 それでも美雪と暮らしていこうと決めたのは、世界が終わってしまうからだ。話したいのに話せないことを溜め込んでいたから──そして、美雪相手にならそれを話せると思ったから。
 だから、二人で生きていこうと決めた。
 国宝級というのなら──美雪も同じだ。
「……お互いいいコンビだったな。結局」
 微かな緊張を、声の奥に押し隠して。
 拓也はゆっくりと、美雪の手を握った。
 ビニール袋と包帯越しではあっても──少女の手は、確かに温かい。
「……拓さん」
「いいだろ、別に」
 おっかなびっくり、手を引いて。
「拓さん……格好いいんだね」
「馬鹿、それは前からである」
 終わりが近付くこの世界を、二人は笑って乗り越えていく。

 世界が滅びるその日まで、あと三十五日。

テーマ : 自作恋愛連載小説
ジャンル : 小説・文学

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プロフィール

神楽坂司

Author:神楽坂司
世界が終わる。
無慈悲に優しく、無造作に哀しく。
無意味に虚しく、無感動に冷たく。
世界は終わる。
終わりの中で初めて紡がれていく、優しくて哀しい人々の絆。避けられない終局を前にしたとき、彼らの選択はこの世界に何を残していけるのだろうか──?

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