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■ 12月6日 ■
 地獄だとしても、生きることを止められない。
 それは今日まで生き延びた人間なら、世界中の誰にでも共通する思いだったろう。
「隊長──隊長ォ、声聞こえてますかー? 何か隊長の知り合いだってガキが来てるんですけど、どうしますー?」
「……知り合いのガキ?」
 一人、完成する見込みのない機械をいじりながら。
 洋介は沈殿していた意識を表層に押しやり、あくびを噛み殺した。へたくそな嘘を聞かされたときのように、どうにも納得しがたい何かを感じる。まさかこのご時世に、呑気に外を出歩く人間がいるとは思っていなかったのだ。まして生まれ故郷まで壊滅した今となっては、知り合いが残っているとも思えなかったが。
「……知り合いのガキ──もしかして、あのときのガキか?」
 パイプ椅子から腰を上げ、いかにも気怠げに背筋を伸ばす。凍りついた筋肉が少しずつ弛緩していく痛みに眉根を寄せ、洋介は声にならない声で呻いた。昼間でもほとんど光の射し込まないテントにこもっていたせいか、気分までが陰々滅々としている。
 いつでもそうだろうと言われれば、否定する材料も思い浮かばなかったが。
「隊長ー。聞こえてますかー?」
「聞こえてるよ! 今行くからちょっと待たしとけ!」
 大声で叫び、足下に置いていた機関銃を肩にかける。知り合いと自称する子供を警戒しているわけでもないが、何とはなしに、これがないと始まらないという気がしていた。服を着ていないかのような心細さ──というより、致命的に馬鹿な真似をしているような気にさせられる。人殺しを続けて生きていく上で、せめて格好ぐらいつけなければ本当に惨めになってしまうのは確かだった。
 勿体つけるわけでもなく、単純に気怠さから足取りは重くなった。無駄に重量感のある軍靴で床を鳴らしながら、テントの外へと身を乗り出す。途端、雪と陽光が同時に目を灼いた。雲間から覗く太陽は眩く、しかし気温は呆れるほどに低い。防寒具を装備して出なかったことを後悔するよりも先に、こちらへと駆け寄ってくる人影に気付く。
 予想した通りの人物が現れたことに、むしろ洋介は驚いていた。未だこんな少年が生きていられたことにも驚いたし──何より、以前会ったときとは雰囲気が違いすぎる。前に見たときは今にも死にそうな顔をしていたが、今はむしろ怒り狂った殺人鬼のような形相をしていた。激発しそうになるのを懸命に堪えているのが、握り締めた拳の震えから伝わってくる。
 ──何があったんだ?
 訝しみ、僅かに筋肉を強張らせて。
 明らかに正気を失っている少年──秋川拓也を落ち着かせるように、殊更ゆっくりと言葉を模索する。
「……久し振りだな。秋川──拓也。元気してたか」
「隊長さん。この写真の奴に見覚えありませんか──」
 ──こいつ、俺が殺しますから。
 ──見覚えないですか。
 前振りもなく、本気でしかない目付きで宣言する拓也を、洋介は半眼で見下ろす。拓也が手に持っているのは、体育祭か何かで撮影されたらしい集合写真だった。何十人か合同で写っている中で、一人の少年の顔に赤いマルが付けられている。
 ──こっち、拡大した方です。
 言われ、差し出されたのは、赤マルを付けられた部分だけを拡大した写真だった──多少粗は目立つが、それでも十分顔の認識はできる。クラスに一人か二人はいる、根暗と陰気を足して二で割ったような顔だ。
 手渡された二枚の写真をまじまじと見詰めてから、改めて拓也へと視線を移す。
「……暗そうなガキだな。俺は嫌いなタイプだ」
 言って、洋介は胡乱な視線で空を見上げた。
 相変わらずの雪模様ではあったが、天使が無数に飛び交う空でも、微かな陽光が差すだけでもとりあえずは心地よく感じられる。
 時折人間の腕やら足やらが落ちてくることもあるのだが、気にしなければどうということでもなかった。当たって死ぬのも運の内だ。
「……はい。陰気で、身長は百六十ちょっとぐらいの、俺と同い年の奴です。どこかで見かけませんでしたか」
「さぁな……俺達も、ここ最近はずっと死体と格闘してたからな。住所録とか連絡網とかねえのかよ、今時の学校は」
「あります。昨日行ってみたら無人でしたけど……そんなに遠くまで行ってないはずです。それこそ別のフロアに逃げたとか、その程度だと思います」
「まあ、何かやらかして逃げるってのは、結構なストレスだからな。この手の顔したガキは大概、自分の縄張りから出たがらない。見つけること自体は、そう苦労しないだろ」
 剣呑な会話をする背後、猛然と燃え上がる火柱を指して告げる。完全に動きを止めた死体達を燃やしているのだ。日を追うごとに作業の徒労感ばかり増していったが、だからといって中断できるようなものでもない。
 洋介を筆頭にした部隊の隊員達は、その数を大きく減らしていた。
 死体に食われ、天使に襲われ、奇妙な病気に侵されて。
 未だ全滅していないのは、過言ではなく奇跡だ。
「──それで何だ。この根暗そうなガキがどうかしたのか?」
「俺の恋人を誘拐しました──わざわざメモまで残して。多分俺に恨みがあって、美雪はその巻き添えにされたんだと思います」
「そりゃ大変だな。美雪ちゃんか。どんな女だ?」
「おかっぱみたいな髪型で中学生くらいの見た目、両手に包帯を巻いて、その上からゴム手袋を被せてます。あと、ハピネス症候群の患者で、目に渦巻き模様が浮かんでます」
「……長沢、今言われた通りの女の子を探せ。一緒にこの陰気なガキがいたら拘束しろ──ああ、写真はコピーして全隊に回しといてくれ。探索任務だ。ついでに、もしゾンビを見かけたら燃やしとけ……このガキも、もし死んでたら燃やしとけよ」
 近くにいた部下の青年に写真を手渡し、洋介は手早く指示を下す。
 その様子を見て、臨時駐屯地を訪れてから初めて、ほんの少しだけ拓也は弛緩した。かろうじて笑顔とわかる表情を作り、深く頭を下げる。
「……すみません。本当に、すみません……ありがとうございます」
「いいよ。国民の幸せを守るのは、俺達自衛隊員の義務だ。こんな人殺し部隊に成り下がってもな──仕事の本分を忘れてるわけじゃねえのさ」
 ──このガキは、守られる権利を手放したってことで処理するよ。
 人殺しが闊歩する地獄だから。
 洋介は、さして感情を動かすでもなく言い放つ。
 拓也は頷き、隊員達は三々五々散らばり始めて。
 そして、彼らは走り出す。

 世界が滅びるその日まで、あと三十三日。

テーマ : 自作恋愛連載小説
ジャンル : 小説・文学

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神楽坂司

Author:神楽坂司
世界が終わる。
無慈悲に優しく、無造作に哀しく。
無意味に虚しく、無感動に冷たく。
世界は終わる。
終わりの中で初めて紡がれていく、優しくて哀しい人々の絆。避けられない終局を前にしたとき、彼らの選択はこの世界に何を残していけるのだろうか──?

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