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■ 9月25日 ■
 どうにもならない現実と、どうしようもない空想と。
 世界を構成する要素は、主にその二つだと思っている。少なくとも、竹井知之にとってはそうだった──幾度となく現実を相手に挫折と敗北を繰り返し、空想に逃げ込んでも結局時間の無駄でしかないことを思い知らされる。成長期を過ぎて伸びきることなく終わった身長も、それに合わせたかのような童顔も、何もかも自分の思い通りにはならなかった。今はもう抗う気力すらなく、現実に妥協し、折り合いをつけて生きている。
 そうして生きていけると信じていたのだ。
 あの、世界終局宣言が発令された日までは。
「……、寒ッ」
 濃緑のコートの前を寄り合わせ、知之は放り投げるような口調で呟く。
 世界に訪れた終局の予兆──異常気象は、日本の気温を例年より遙かに大きく引き下げていた。吐き出す息が白い。庭においてあったバケツの水は凍っていた。丁寧に育て上げたコスモスの花は、咲いた端から枯れていった。
 まあ、そういうものなのだろうと思う。諦めることには慣れていたし、終わると言われたものに嫌だと駄々を捏ねたところで意味もない。捨て鉢ではなく、どこまでも受容に近しいその感覚は知之独特のもので、他の誰から見ても知之は「全てにおいて諦めの早い、投げやりな奴」というレッテルを背負う少年でしかなかった。
 ──いや。
 二人だけ、知之のその感覚を理解してくれた人間がいた。
 無人の街並みを歩き続けているのは、その内の一人に会いに行くためだ。
「……着いた」
 郊外に建つ一戸建て。住宅街の片隅で異彩を放つこともなく、無数の個性に埋没している白い外壁の二階建て。駐車場には家主の乗る軽自動車が停められている。ガソリンの供給が覚束なくなり、終局宣言以降は殆ど動いている姿を見かけることはなくなった。異動の必要に迫られた人間がそう多いわけでもなく、今のところ大きな問題として捉えられてはいないが。
 ──どうなんだろうな。
 ふと、思い立つ。
 たとえば、今から会おうとしている人が、遙か遠い地に住む人だったら。
 海を隔てて北海道にでも住んでいれば、それこそ二本の足以外に移動手段を確保しなければ到底会うことはできなくなる。社会的な問題として捉えられてはいなかったとしても、この世界に生きるどこかで、そんな理由で絶望している人がいるのかもしれない。
 ──だったら俺は、ラッキーな方だ。
 自分に言い聞かせる。
 幸運だ、ツイていると何度も自分を叱咤する。
 玄関の前に立って、何度か大きく深呼吸した。
「──、──……、……よし」
 大丈夫。
 心臓はうるさいぐらいに鳴っているけれど、
 頭は割れ鐘のように揺れて目眩に襲われているけれど、
 それでも自分は大丈夫。
 伝えたいことの全てを、一つ残さず伝えられる自信がある。
 だから、決意と共にインターホンを押すのだ。
「……大丈夫、大丈夫……大丈夫」
 ばたばたと階段を駆け下りる音、そして勢いよく開かれる扉。
 いつでも彼女は唐突だったし、だからこそどうしようもなく惹き付けられた。
 唐突で、何事にも突然で、突拍子もない彼女に。
 無計画の塊のような彼女に──それでも決して途中で諦めるということを知らず、何一つ投げ捨てることのないままに生きてきた彼女に。
 知之は憧れ、焦がれたのだから。
「あ──すみません……その。急に、押し掛けちゃって──」
「いやいや、こっちこそノーブラ、ノーメイクでごめんね。ま、上がって上がって」
 一瞬で頭のてっぺんまで真っ赤になって、知之は熱に浮かされたような心地のまま彼女の家に上がり込んだ。
 彼女。
 清く正しい交際を続けていた女性──赤城春奈。
 知之が通っていた学校で、化学を専門に教えていた教師だった。
 だから少しだけ、清くも正しくもない交際だったのかもしれない。
 清く正しい交際というものを、知之は生まれて一度として見たことはなかったが。
「あのね、大事なのは受け入れることなんだと思うんだわ」
 部屋の真ん中で大の字になって。
 春奈は、ぼんやりとした言葉を天井に向かって投げつける。
「例えばさ、どう頑張ってもうまくいかないこととか、そうあって欲しいと願うのに叶わないってことが世の中にはたくさんあって、それが私達にとってはたまたま世界が滅びるってことだったと思うんだよね」
 ──それは本当に、ただの偶然なんだよ。
「あのね、今起きてるのは全部、受け入れなきゃいけないことだと思うんだわ。変な病気がたくさん流行ってる。わかる? 天使化した人らは羽が生えて、とっても沢山人を殺す。わかる? 私のお父さんは死んだし、キミのご両親も蒸発した……わかる? どんなに辛そうな顔しても駄目なんだと思うんだ。なんつうのかね、わからなきゃいけないことでしょや? 私らにできるのは、せいぜい与えられた運命を受け入れて、ゼンマイの壊れた人形みたいに、クルクル踊り続けることだけだと思うんだよ」
 ──だからさ、
「だから、私はこの滅びを許してあげられるね。世界が終わるのも、お父さんが変な病気で全身から血を噴き出して死んだのも、そんな病気が世界中で流行ってんのも、そういう一見不条理に思えることの全てを許して、受け入れて、それでも諦めずに生きていける自信があるよ」
 ひらり、と一枚、羽が落ちる。
 知之は背中に目をやった。
 まだ大丈夫。
 きっと大丈夫。
 受け入れるしかないのだと、春奈が教えてくれたから。
「先生、俺、先生と一緒に暮らしたい。きっと天使化して先生をバラバラにしてしまうんだろうけど、そのかわり他の奴らには先生に指一本も触れさせないから、それまで先生の嫌がることなんか何一つしないから、だから先生と一緒に暮らしたい」
 ──笑え!
「オッケィ、少年、テキニイーズィー。まずはお互い、わかりあおうぜ?」
「それはもちろん、喜んで」

 それはもちろん、愛の形さ。

 世界が滅びるその日まで、あと百と六日。

テーマ : 自作恋愛連載小説
ジャンル : 小説・文学

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プロフィール

神楽坂司

Author:神楽坂司
世界が終わる。
無慈悲に優しく、無造作に哀しく。
無意味に虚しく、無感動に冷たく。
世界は終わる。
終わりの中で初めて紡がれていく、優しくて哀しい人々の絆。避けられない終局を前にしたとき、彼らの選択はこの世界に何を残していけるのだろうか──?

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